訓練開始
ハルネ村を出て、しばらく歩いた。
景色は思ったより変わらない。
道があって、草原があって、遠くに森がある。
時々、荷馬車とすれ違う。
「…………」
レイルは歩く。
「…………」
歩く。
「…………」
さらに歩く。
「旅ってさ」
「はい?」
「もっとこう……何かあると思ってた」
リシアが首を傾げる。
「何か、とは?」
「分かんないけど」
知らない町。
見たことのない景色。
珍しい食べ物。
そんなものを想像していた。
実際には。
道。
草。
木。
また道。
「歩いてるだけじゃん」
「旅とはそういうものだ」
ガルムが言った。
「夢がないな」
「現実だからな」
「レイルは、どのようなものを想像していたのですか?」
「もっと毎日色々起きるのかと」
「例えば?」
「魔物が出たり」
「出ることもある」
「盗賊に襲われたり」
「あるな」
「知らない人を助けたり」
「あるかもしれません」
「やっぱりあるじゃん」
「毎日起きたら困ります」
リシアに言われた。
確かに、毎日盗賊に襲われる旅は嫌だ。
「それに」
リシアが少し笑う。
「私は、こうして歩いているだけでも楽しいですよ」
「そうなの?」
「はい」
「王都からここまで旅してきたんでしょ?」
「それでもです」
リシアは道の脇に広がる景色を見る。
「王都にいた頃は、自由に外を歩くこと自体、ありませんでしたから」
「ああ」
王女。
そうだった。
今もまだ、時々忘れる。
「じゃあ、リシアも旅は初めてなんだ?」
「そうですね」
「仲間じゃん」
「一緒にするな」
ガルムが言った。
「何でガルムが否定するんだよ」
「殿下には俺がいる」
「俺にもガルムいるじゃん」
「甘えるな」
「格差がひどい」
リシアが笑う。
旅というものは、思っていたより地味で。
思っていたより、悪くないのかもしれない。
◇
昼。
三人は街道から少し外れた木陰で休んでいた。
「腹減った」
「食事にするか」
レイルは荷物を下ろす。
村のみんなから渡された食べ物を取り出した。
パン。
干し肉。
果物。
それから。
「……何これ」
包みを開く。
大きな芋が三つ出てきた。
「くそ、誰だよ、芋入れてくれやがって」
「ありがたいではありませんか」
「おいしいのは認めるけどさ。重さにも気を使ってほしかったね」
「食べれば軽くなる」
ガルムが言った。
「生で?」
「いや、焼くぞ」
ガルムは立ち上がる。
その辺りから石を拾い、手早く簡単なかまどを作り始めた。
薪を集め、火を起こす。
「…………」
レイルはその様子を見る。
「何だ」
「いや」
旅慣れているのは分かる。
分かるのだが。
「やっぱり料理人みたい」
しばらくすると、芋が焼ける匂いが漂い始めた。
「……美味そう」
「まだだ」
「もういいだろ」
「まだだ」
「腹減った」
「待て」
犬みたいに扱われている気がする。
ようやく渡された焼き芋を割る。
湯気が立つ。
「熱っ」
「気をつけてろ」
「先に言ってよ」
「見れば分かるだろう」
ガルムが呆れる。
食べる。
「……美味い」
ただ焼いただけの芋なのに、妙に美味い。
「外で食べると違うもんだな」
「そうですね」
リシアも嬉しそうに食べている。
王女が道端で焼き芋を食べている。
やっぱり変な光景だ。
◇
食事を終えて、レイルは草の上に寝転がった。
「食った」
「そうだな」
「眠い」
「そうか」
「少し寝てもいい?」
「その前に少し聞かせてくれ」
ガルムが立ち上がる。
「レイル」
「何?」
ガルムは近くの木を見る。
「お前は今まで、誰かに力の使い方を習ったことは?」
「ない」
「戦い方は?」
「父さんに弓を少し」
「他は?」
「ない」
「体は鍛えているか?」
「畑仕事と狩りくらい」
「そうか」
ガルムが頷く。
そして。
「立て」
「何で?」
「お前がどの程度動けるか確かめる」
「今から?」
「今だ」
レイルはリシアを見る。
助けを求める。
リシアはそっと視線を逸らした。
「裏切り者……」
「ガルムの訓練は必要だと思います」
「自分がやらないからって」
「私も以前やってますよ」
「そうなの?」
リシアが少し遠い目をした。
「……頑張ってくださいね」
「何されたの!?」
急に不安になった。
◇
ガルムと向かい合う。
「まず」
ガルムが言った。
「俺に触れてみろ」
「触る?」
「ああ」
「それだけ?」
「それだけだ」
レイルはガルムを見る。
武器は持っていない。
ただ立っている。
「風は?」
「好きに使え」
「本当に?」
「ああ」
それなら簡単だ。
ガルムは大きい。
しかも、速そうには見えない。
レイルは地面を蹴った。
同時に足元へ風を送る。
身体が前へ出る。
いつも狩りで使っていた方法。
一気に距離を詰め、肩へ手を伸ばす。
その瞬間。
ガルムが少しだけ身体をずらした。
「え」
空を切る。
勢いが止まらない。
「うわっ」
そのまま数歩よろめいた。
振り返る。
ガルムは同じ場所に立っていた。
「もう一度」
「なんで避けるんだよ」
「避けるに決まっている」
「触れって言ったじゃん!」
「避けないと訓練にならないだろう?」
そういう意味か。
もう少しちゃんと説明してくれてもいいじゃないか。
「もう一回!」
今度は真正面から行かない。
レイルは走る。
途中で風を横へ送る。
身体の向きを変え、ガルムの横へ。
「お」
さっきより近い。
手を伸ばす。
また僅かに避けられる。
「くそ!」
さらに風。
方向転換。
追う。
ガルムはほとんど動かない。
一歩。
二歩。
それだけで、レイルの手が届かない場所へ移動する。
「何で触れないんだよ!」
「動きが分かりやすい」
「風使ってるのに?」
「狙いが見え見えだぞ」
「え?」
レイルが止まる。
ガルムが言う。
「相手の動きに合わせて、瞬時に風の向きや使い方を変えることに慣れていない」
「……あ」
「狩りでは獲物にこちらの動きを読まれることはほとんどなかったのだろう」
「そうだね」
「お前はたしかに速い。だが、どこへ動くのかが分かりやすい」
「なるほど……」
「まずは、どんな状況でも風を自由に扱えるようになることだ」
「わかった!気がする」
ガルムが少し離れる。
「もう一度来い」
「今度こそ触る」
「やってみろ」
レイルは地面を蹴った。
◇
しばらくして。
「…………」
レイルは地面に倒れていた。
空が青い。
「一回も触れなかった……」
「そうだな」
ガルムは平然としている。
息すら乱れていない。
腹が立つ。
「ガルムって、本当に人間?」
「人間だ」
「猪投げるし」
「あれくらいならできる」
「普通の人はできないよ」
少なくとも、ハルネ村にはいない。
リシアが水筒を差し出す。
「お疲れ様です」
「ありがとう」
起き上がって水を飲む。
「リシアも触る訓練やったの?」
「はい。自分の身を守る為にも最低限の身のこなしは必要なんだそうです。」
「触れた?」
「一度だけ」
「嘘!?」
思わず立ち上がった。
「……三日かかりました」
「三日」
少し安心した。
「しかも最後は、ガルムが油断していたので」
「油断していませんでしたよ」
「では、実力です」
リシアが少し笑う。
この二人。
思っていたより、ずっと長くこうしているのかもしれない。
「レイル」
ガルムが呼ぶ。
「何?」
「お前の風は速い」
「うん」
「だが、お前自身は戦い方を知らん」
「……うん」
そこは認めるしかない。
「力が強くても、使い方を知らなければ意味がない」
昨日、似たようなことを聞いた気がする。
「これからは俺が教える」
「毎日?」
「ああ」
「…………」
レイルはリシアを見る。
リシアが優しく笑った。
「頑張ってくださいね」
やっぱり他人事だ。
「旅って、もっと楽しいものだと思ってた」
「楽しいですよ?」
「今のところ歩いて、飯食って、ガルムに遊ばれてるだけなんだけど」
「明日もやるぞ」
ガルムが荷物を持ち上げる。
「休憩は終わりだ」
「もう?」
「国境までまだあるからな」
レイルも仕方なく立ち上がる。
荷物を背負う。
「なあ、リシア」
「はい?」
「国境の先って、どんなところ?」
リシアは少し考えて。
「私も、国を出るのは初めてなんです」
「え?」
レイルが止まる。
「リシアも知らないの?」
「はい」
「ガルムは?」
「行ったことあるぞ」
「どんなところ?」
ガルムは歩きながら答える。
「まずは、いくつもの小さな国が集まっている地域に向かう」
「どんな国があるの?」
「商いが盛んな国もあれば、農業を中心に暮らしている国もある。国によって雰囲気も随分違う」
「へえ……」
知らない国。
知らない町。
知らない暮らし。
さっきまでただの道にしか見えなかった先に、少しずつ何かが見えてきた気がした。
「もっと教えてよ」
「行けば分かる」
前を歩くガルム。
その隣を歩くリシア。
レイルは二人を追いかける。
村はもう見えない。
代わりに。
道だけが、ずっと先まで続いている。
その先には、自分の知らない国がある。
昨日までなら、そんなことを考えることすらなかった。
レイルは荷物を背負い直した。
少し重い。
足も疲れている。
けれど。
今度は、少しだけ歩くのが楽しみになった。




