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旅立ち


翌朝。

レイルは自分の部屋で途方に暮れていた。



「…………」



ベッドの上には、服、毛布、枕、水筒、ナイフ、火打石、保存食。

その他、思いつく限りの物が並んでいる。



「旅って、何持ってけばいいんだ?」



村の外へほとんど出たことがない。

当然、旅の経験なんてない。

とりあえず必要そうな物を並べてみたものの、全部持っていける気がしない。



「……これ、いるか?」



手に取ったのは小さな鍋。

考える。



「いるよな」



旅なら料理する。

置いておく。


次。

縄。



「いる」



次。

木製の食器。



「いる」



次。

予備の靴。



「……いる」



気づけば、ほとんど減らない。



「レイル」



部屋の入口から声がした。

振り返ると、マーサが立っていた。



「何してるんだい」

「旅の荷造り」


「家出の間違いじゃないのかい」

「旅だよ!」



マーサがベッドの上を見る。

そして、大きくため息をついた。



「こんなに持って歩けるわけないだろ」

「でも全部使いそうじゃん」


「ガルムに聞けばいいじゃないか」

「そうする…」



鍋なんかもう持ってるかもだもんね。

なんなら調味料一式まで持っていそうだ。



「足りなきゃ途中で買えばいい」



その発想はなかった。

なぜか、旅というものは一度村を出たら最後まで、全部自分で用意しなければならないような気がしていた。



「それより」

「ん?」


「肝心の金は?」

「少しだけどあるよ」


「いくらだい」



レイルは財布を取り出す。

マーサが中を見る。



「…………」

「何?」


「少ないね」

「村じゃそんな使わないし」


「まあいいさ」



マーサは小さな袋を取り出した。



「ほら」

「何これ」


「持っていきな」



受け取る。

少し重い。


中を見ると、金が入っていた。

およそ30万ルク。


村で慎ましく過ごしていくなら半年は生活ができるだろう。

レイルたちからしたら十分大金だ。



「どうしたの、こんな大金?」

「あんなのでもあんたの親はそれなりに稼いでるのさ」


「面倒押し付ける代わりに苦労させないようにって定期的に渡されていた金を貯めてたんだよ」

「いいよ、いいよ。ばあちゃんが使いなよ」


「元々あんたの為にあんたの親が稼いだものだ。あんたが使いな」



マーサはそう言うとニヤリと笑った。



「どうせ村の一人暮らしじゃこんな使わないからね」

「でも」


「旅先で金がなくなった方が困るだろ」



レイルは少し迷って、袋を受け取った。



「……ありがとう」

「無駄遣いするんじゃないよ」


「分かってる」

「変な物買うんじゃないよ」


「買わないって」

「知らない女に貢ぐんじゃないよ」


「何の心配してるの!?」



マーサが笑った。

いつも通りの笑い方だった。




◇




荷造りを終えると、レイルは机に向かった。

紙を一枚置く。


父さんと母さんへ。

そこまで書いて、止まる。

 


「…………」



何て書けばいいんだろう。



隠していたけれど実は風の魔素操者(エレメンタ)でした。

たまたま王女様と仲良くなって一緒に旅に出ます。



「……信じるやついないだろ」



……いや。

あの二人なら、信じる。


というか、信じる以前に食いつく。


自分の息子が魔素操者(エレメンタ)だなんて知ったら。



知った瞬間、研究所から飛んで会いにくる。


そして涙と涎を流しながら抱きつかれるに違いない。


絶対に駄目だ。


色々な意味できつい。



しばらく考えて、書く。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


父さん、母さんへ。


お久しぶりです。お元気ですか。

突然のことにはなりますが、しばらく村を離れることになりました。

色々あって、外の世界を旅してみたくなったのです。


ばあちゃんも賛成してくれました。

心配しなくて大丈夫です。

しばらくは行き先が定まらないので、こちらから送るだけになると思いますが、また定期的に手紙を書きます。


詳しいことはまた会えた時に土産話として話しますね。

二人とも元気でお過ごしください。


レイル。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「…………」



読み返す。

短い。

でも、これ以上書くと余計なことまで書きそうだ。



「まあ、いいか」



手紙を折る。

詳しいことは、いつか直接話せばいい。

その時、二人がどんな顔をするのか。

少しだけ楽しみだった。




◇




家を出ると、何人かの村人が待っていた。



「……何でいるの?」

「マーサさんから聞いた」


「旅に出るんだって?」

「昨日あんなことがあったばっかりなのに大丈夫か?」


「いつ帰ってくるんだ?」



一斉に聞かれる。



「ちょ、ちょっと待って!」



レイルはマーサを見る。



「言ったの?」

「旅に出ることだけはね」


「何で?」

「世話になった人たちに挨拶もなく旅立つ気だったのかい?」


「そうじゃないけど……」



改めて見送りをされると、何だか恥ずかしい。



「レイル兄ちゃん!」



子供たちも来た。



「どこ行くの?」

「まだ分かんない」


「何しに行くの?」

「それも……」



何しに行くんだろう。

考えて。



「色々見に行く」



結局、そんな答えになった。



「お土産!」

「帰ってきたらな」


「絶対ね!」

「分かったよ」



村人たちから、保存食やら果物やら、なぜか野菜まで渡された。



「待って、重い!」



元々減らすべきか悩んでいた荷物がどんどん増えていく。



「旅先で食べな」

「これは日持ちするから」


「腹減らすなよ」

「だから重いって!」



誰も聞いていない。

最後には、持ちきれず足元にも置かれていた。



「…………」



マーサを見る。



「捨てるんじゃないよ」

「分かってるよ!」



持っていくしかないらしい。




◇




村の入口へ向かう。

そこには、すでに二人が待っていた。


リシア。

そしてガルム。

昨日までの親子ではない。


そう分かっているはずなのに、並んでいる姿を見ると、まだ少しだけ親子に見える。



「おはようございます、レイル」

「おはよう」



リシアの視線が、レイルの荷物へ移った。



「……多くありませんか?」

「想定外の善意の塊が溢れちゃって」



ガルムが荷物を見る。



「荷物多すぎると旅は大変だぞ」

「知ってる」


「そうか」

「…………」



少しくらい、手伝おうかと言ってくれてもいい気がする。



「それで」



リシアが少し緊張した顔になる。



「レイル」

「うん」


「答えを聞いてもいいですか?」



レイルは一度だけマーサを見る。

マーサは何も言わない。


昨日、もう話した。

だから今度は自分で答える。



「俺も行くよ」



リシアの目が少し大きくなる。



「本当ですか?」

「じゃないとこの荷物の説明がつかないでしょ」


「私たちと?」

「この状態の俺を置いていかないでね?」


「よかったです」



リシアが嬉しそうに笑った。

その顔を見て、レイルも少し笑う。



「ただ」

「はい」


「俺、まだリシアを女王にするって決めたわけじゃないから」

「もちろんです」


「政治とかも分かんないし」

「はい」


「戦争も嫌だから」

「分かっています」


「それでもいい?」

「はい」



リシアは迷わず頷いた。



「まずは、一緒に来てください」

「うん」


「それで、見てください」

「何を?」


「色々です」

「雑だな」


「レイルに言われたくありません」

「何で?」



少しだけ、いつものリシアだった。

レイルがガルムを見る。



「これからよろしく頼む」



ガルムが手を出す。

レイルはその手を見る。



「ああ」



大きい。

猪を投げた手。

少し迷って、握る。



「よろしく、ガルム」



握り返された。

痛い。



「ちょ、強い!」

「すまん」

「絶対わざとだろ!」



リシアが笑った。




◇




出発する前、レイルはマーサの前に立った。



「じゃあ」

「ああ」


「行ってくる」

「ああ」


「…………」

「…………」



何か、言うことがある気がする。

でも、思いつかない。



「ばあちゃん」

「何だい」


「元気で」

「それはこっちの台詞だよ」


「だよな」



マーサがレイルの服の襟を直した。

子供の頃から、何度もされたことだった。



「困ったら、一人で抱え込むんじゃないよ」

「うん」


「分からないことは聞きな」

「うん」


「逃げなきゃいけない時は逃げな」

「うん」


「それと」



マーサは少しだけ、リシアとガルムを見る。



「ちゃんと自分で決めな」



レイルはその意味を考えて、頷いた。



「分かった」

「なら、行っておいで」



マーサが優しく頭を撫でる。



「うん」



レイルは歩き出す。



数歩進んで、振り返った。


マーサがいる。

村のみんながいる。

見慣れた家がある。


17年間、ずっとそこにあった景色。



「レイル!」



子供が手を振る。



「お土産忘れないで!」

「分かってるよ!」



手を振り返す。

そして、今度こそ前を向いた。




◇




村を出る。

いつも使っている道だった。


森へ行く時にも、狩りへ行く時にも使う。

だから最初は何も変わらない。



「ところで」



レイルが言った。



「これからどこ行くの?」



リシアとガルムは歩いたまま反応しない。



「…………」

「…………」



「何?」



リシアがガルムを見る。

ガルムがリシアを見る。



「え?」



嫌な予感がした。



「決まってないの?」

「候補はあります」



リシアが答える。



「候補?」

「魔素操者(エレメンタ)らしき存在がいるという噂はいくつか聞いています」


「じゃあ、そこに行くんだ」

「その前に国境を越えますね」


「国境?」



レイルの足が止まる。



「はい」



リシアはさらっと答えた。



「まずは北にある小国群を目指します」

「…………」



レイルは足を止めて振り返った。


まだ少しハルネ村が見える。

村を出るとは思っていた。

知らない町へ行くとも思っていた。


でも。



「いきなり外国!?」



声が朝の道に響いた。

リシアが少し申し訳なさそうに笑う。



「言っていませんでしたか?」

「聞いてないよ!」


「そうでしたか……」

「そうだよ!」



ガルムが歩き出す。



「行くぞ」

「ちょっと待って! 外国って何持ってけばいいの!?」


「今持っているもので十分だ」

「本当に!?」


「多すぎるくらいだ」

「これは村のみんなが!」


「ありがたいことだな」

「それはそうだけど!?」



前を歩くガルム。

その隣を歩くリシア。


これからどこへ行くのか。

何が待っているのか。

まだ何も知らない。


それでも、一歩ずつ。

少しずつ外の世界へ踏み出す。


風が吹いた。


それはレイルの知らない場所から吹いてきた。




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