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第6話 バレーボールとケーキ

―如月葵視点―


体育館の隣にあるベンチに、佐藤くんが座っていた。スマホをいじりながら動画を見ていて、ナプキンに包んだ大きなチョコチップクッキーを食べていた。外はもう黄昏時で、彼は木のそばに腰かけていた。


あたしはびっくりした顔になった。


「佐藤くん?」


彼はスマホから顔を上げた。


「あ、終わった?」 「うん……まあ……」 「楽しかった?」


彼は黒のバギースウェットパンツに、黒のTシャツ、スポーツバッグを肩にかけていた。あたしは黒のベルボトムジーンズに、グレーのセーター、バレーボールバッグを腕にかけていた。


「今、制服着てるはずじゃないの?」


「ぐぬっ!」


彼は少し恥ずかしそうな顔をして、頭の後ろに手をやり、下を向いた。


「なんか、着心地が悪くて……」


「え、じゃあ着替え持ってきてるの?毎日?!」


「いや、今日はちょっとカフェで何か食べたかったから。制服着るの、やっぱり落ち着かなくて」


あたしは少し笑ってしまった。


「何?」 「大食いさんだ……」 「カフェで食べるだけなのに?」 「その手に持ってる、めちゃくちゃでかいチョコチップクッキー」


彼は少し赤くなった。


「わ、わかってるって!」


「で、ここで何してるの?」 「試合見に来ようと思って。でももう終わってた」 「練習なかったの?」 「早めに終わったんだ」 「で、制服は?」 「葵ちゃん来ないかもって思って、着替えた。カバンに入ってるから、欲しければ――」 「え、いや……なんであたしが欲しがるのよ?!?」


彼は少しくすっと笑った。


出会った頃より、ずいぶん自信がついたみたいだった。とはいえ、話してるとき、すごく赤くなってるのはわかったけど。


「で、なんでまだここにいるの?」 「如月さんと一緒に歩きたかったから」


その瞬間、世界が止まったような気がした。


頬が赤くなるのがわかった。


「あたしと歩きたかった?」 「うん。前も一緒に歩いたことあったろ?」 「あ……うん……」 「それに……なんとなく、一緒に歩きたい気分だったんだ」


二人とも(彼は座ったままだったけど)しばらく黙り込んでいた。


あたしが沈黙を破った。


「あー、なんかお腹すいたな……さっき言ってたカフェ、行ってみようかな……」


彼の目がぱっと輝いて、赤くなった。


「マジで?」 「うん!行く!」 「カフェっていうか、パン屋さんなんだけど。気に入ると思うよ。前にも行ったことあるし」


歩き始めて、数ブロック先にそのお店が見えてきた。茶色い素敵な看板に、「Le monde en blouche」と書かれていた。


「――あなたの口の中の世界……」


あたしは彼を見た。


「フランス語わかるの?すごっ!映画とか恋愛小説とかでフランス語よく見るけど!」


「え?いや、ネットで翻訳しただけ……」


「あ、そういうのあったの忘れてた……恥ずかしい……」


あたしは両手で顔を覆った。


「落ち着いて、とりあえず中入ろう!食べ物食べたら気分直るから」


テーブルに着いた。あたしはケーキを1個頼んだ。バニラのやつ。とっさに名前が浮かんだのがそれだった。


でも佐藤くんは、なんかマニアックなの頼んでた。3種類もケーキ頼んでて。クッキー&クリームケーキが2つ、バースデーケーキ、それからいちごケーキ。


「やっぱり!大食いさんだ!」


「ちょっと!1個じゃ全然足りないから!1個あげるよ!」


彼はいちごケーキを滑らせて寄越した。


「喜んで!太っちゃったら困るもんね!」


「それって悪いこと?」


「ううん、ただ柔道やるなら、あんまり良くないかなって」


彼は口いっぱいに頬張った顔で見上げた。口元にケーキがついていた。


「口にケーキついてるよ」


「ええええっ!?!?」彼は慌ててそれを拭った。「ごめん……大食いだから……」


「いいよ。こっちの佐藤くんのほうが好きかも」


あたしが少し笑っていると、お店のレジにいた人がテーブルに近づいてきた。ボーイッシュな感じの、黒髪の人だった。


「佐藤さん、今日もいつも通り払う感じ?」


あたしは彼を見て、首をかしげた。


「いつも通り……?」


あたしは笑顔だったけど、なんだか嫌な予感がしてきた。


「そうそう、佐藤さん最近よく来てくれるようになってね!ここのケーキ、全部この子が食べ尽くしちゃうんだから。どこに入ってるんだか」


「あ……他の女の子と来てるのかと思った」


ほっとした気持ちが広がったけど、その人は続けた。


「この子が?ないない……この子が、あんた以外の女の子連れてくるとか、想像もつかないよ」


佐藤くんが固まった。


「あたし以外……?」


「そうそう!前にディスプレイ用の焼き菓子作るの手伝ってもらったとき、あんたのこと話してたもん。なんか、その口ぶりが――」


佐藤くんが大きく咳き込んだ。


「店長!やめて!今はいいから!」


彼の顔は真っ赤だった。


その人は大声で笑った。


あたしは気づいた。今、その人が言ったこと。


「佐藤くん、ここでバイトしてるの?」


「うん、ここで働いてる。パン作れるから、そんなに大変じゃないし、給料もそこそこいいんだ」


「へえ……いいなあ、ケーキとかタダでもらえるんでしょ」


「そうだね。それに毎日1個、無料でケーキもらえるんだ……あああ天国だ!!」


彼は本当に嬉しそうにそう言った。


お店を出た。佐藤くんが全部払ってくれて、あたしはびっくりした。自分の分は払うつもりだったのに。


「払わせてよ……」


「いや。俺が誘ったんだから、俺が払う」


二人とも笑っていた。外はもう暗くなっていた。


「家まで送ろうか?」


あたしは首を振った。


「大丈夫。襲ってくる人がいたら返り討ちにできるし」


彼は笑った。


「そっか……じゃあ、それで!」


彼が帰ろうとしたところで、あたしの頭の中で何かがピンときた。何か忘れてる気がした。


「待って!ライン交換しよう!」


彼は立ち止まって振り返った。


「い、いいの!?」


連絡先を交換して、それぞれ帰り道についた。


なぜか、ずっと嬉しい気持ちのままだった。


―一ノ瀬/佐藤蓮視点―


僕はベッドに飛び込んで、枕を抱えてゴロゴロ転がった。


――如月さんとデートした!やった!やった!やった!やった!彼女、楽しんでくれたかな?嬉しかったかな?


そんな考えを一旦置いて、スマホに手を伸ばした。彼女の電話番号、もらったんだ。緊張しすぎて自分からは聞けなかった。デートの間ずっと、表向きはクールなふりをしてたけど、内心はずっと飛び跳ねてた。


頭の中でいくつも挨拶の文章を考えて、打っては消し、打っては消しを繰り返した。最終的に、これに決めた。


「今日、ちょっと退屈だったりした?」


彼女はほぼ即レスだった。


「ううん!全然!また一緒に行けるなら行きたい!」


僕は思いっきり赤くなった。


「俺も。また今度、連れて行くよ」


「わーい!そろそろ寝る時間だね!おやすみ!」


「おやすみ!」


僕はスマホを置いた。


「あああ……眠れない……」

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