↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄の歩いた世界  作者: 神楽坂 澪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/25

第8話 奪われた花

 宿の外では、何人もの村人が集まり、騒然としていた。


「本当なのか!?」

「ああ! 家にも帰ってない!」


 不安と焦りの入り混じった声が飛び交う中、カケル達はすぐに人だかりへ駆け寄った。


「最後に二人を見たのは?」


 ゼリスが尋ねると、一人の村人が首を横に振った。


「分からない。失踪事件が起きてから、村の人間で夜に巡回してるんだが……さっき二人の家に行ったら、どっちもいなくて」


 カケルの脳裏に、昼間の姉妹の姿が浮かぶ。


「師匠、昼間の獣道」


 アッシュの言葉に、ゼリスもすぐに頷いた。


「ああ。行ってみよう」


 四人は夜の村を駆け、昼間に訪れた森へと向かった。

 村外れまで辿り着くと、ゼリスは月明かりを頼りに地面へ目を凝らした。昼間に見つけた獣道には、新しい足跡が残されている。


「やっぱり、こっちに来てる」


 ミライが足跡の先を見つめると、ゼリスが短く頷いた。


「追うぞ」


 先頭に立つゼリスに続き、四人は森へ入った。木々の間を縫うように、足跡を辿って森の奥へ進んでいく。

 どれほど進んだ頃だろう。


「きゃあああっ!」


 遠くから響いた悲鳴に、四人の足が止まった。


「リリー!」


 ミライが真っ先に駆け出す。カケル達もすぐにその後を追い、木々を抜けて開けた場所へ飛び出した。

 そこには、狼に似た魔獣が何体も群がっていた。黒い毛並みに鋭い牙を持つ獣達。その奥では、他よりも一回り大きな魔獣が低い唸り声を上げている。そして、その前ではリリーが追い詰められていた。

 一瞬でも足を止めれば、たちまち囲まれる。そう判断したゼリスが真っ先に地を蹴った。行く手を塞ぐ魔獣達へ剣を一閃させ、数体をまとめて斬り払う。


「行け!」


 開かれた道の先で、リリーがカケルの名を呼んだ。


「カケル!」

「ああ!」


 カケルは剣を抜き、刀身へ闘気を流し込んだ。淡い光を纏った刃を手に、開かれた道を駆け抜ける。肌を刺すような殺気の中、剣を握る手のひらに汗が滲んだ。それでも、足を止めるわけにはいかなかった。

 行く手を塞ぐ一体が飛びかかってきた。


「邪魔だ!」


 振り抜いた剣が魔獣を斬り伏せる。足を止めることなく、続けて迫ってきたもう一体へ刃を走らせた。


「先に行って!」


 ミライも横から襲いかかってきた魔獣を切り払い、道を開く。


「こいつは俺に任せろ!」


 アッシュが別の一体へ拳を叩き込み、その身体を弾き飛ばした。

 三人は次々と魔獣を退けながら、リリーのもとへと駆けた。

 その前に、一回り大きな魔獣が立ちはだかる。低い唸り声を上げて巨体を沈めると、真っ先にカケルへ飛びかかった。地面を蹴る音と共に迫る質量に、心臓が跳ねる。だがそれ以上に、退くという選択肢が頭になかった。


「はあっ!」


 カケルは真正面から迫る巨体に一歩も退かず、剣を振り抜いた。手首から肩まで痺れるような衝撃が走る。それでも闘気を纏った刃は魔獣の身体を切り裂き、苦痛に満ちた咆哮が森に響いた。


「ミライ!」

「任せて!」


 間髪入れずミライが飛び出し、魔獣の側面へ回り込む。そのまま振るわれた剣が身体を捉え、魔獣の動きが鈍った。


「隙ありだ!」


 そこへアッシュが踏み込み、闘気を纏わせた拳を振り抜く。

 だが、魔獣は寸前で身を翻した。


「なっ――」


 拳が空を切った直後、魔獣の前脚がアッシュを捉えた。


「ぐあっ!」


 アッシュの身体が弾き飛ばされ、地面を転がる。肺から空気が押し出され、一瞬息が詰まる。それでも、悔しさの方が勝った。


「アッシュ、大丈夫か!?」


 カケルの声に、アッシュは顔をしかめながらも身体を起こした。


「くっそ……大丈夫だ」


 魔獣は再び襲いかかろうと身を低く構える。だが、その前にゼリスが動いた。一瞬で魔獣との間合いを詰め、そのまま剣を振り抜く。魔獣の身体が大きく揺らぎ、力を失ったように地面へ崩れ落ちた。

 残っていた魔獣達もすでに倒れ、森に静けさが戻る。


「リリー!」


 ミライがすぐに駆け寄った。リリーは身体を震わせながら、目に涙を浮かべていた。


「大丈夫!?」

「お姉ちゃんが……」


 掠れた声が漏れる。


「お姉ちゃんが私を逃がして……逃げろって……それで……」


 そこから先は言葉にならなかった。ミライは震えるリリーの身体を抱き寄せる。


「大丈夫。もう大丈夫だから」


 その言葉に、リリーはただ首を横に振ることしかできなかった。姉が自分の身代わりになったのだという事実だけが、頭の中で繰り返される。それでも、涙だけが後から後から溢れて止まらなかった。

 しかし、どこを見てもリネの姿はない。カケル達は手分けして周囲を探したが、見つけることはできなかった。

 その間も辺りを調べていたゼリスが、ふと足を止める。地面に落ちていた何かを拾い上げると、その表情が険しくなった。


「師匠?」


 アッシュが覗き込むと、ゼリスの手にあったのは黒い布の切れ端だった。裂けた端に、見覚えのない紋章が縫い付けられている。六芒星の中央に、瞬きひとつしない目が一つ。


「これは……」


 カケルが呟くと、ゼリスは布を見つめたまま低い声で言った。


「魔獣だけの仕業じゃないな」

「何かの模様?」


 ミライが覗き込むようにして尋ねる。ゼリスが答えようと口を開きかけた、その時だった。


「あっ……」


 その時、リリーが小さく声を上げた。胸元へ手をやり、何度も服の上を探る。


「ブローチが……ブローチがない!」


 ゼリスは言葉を飲み込み、視線をそちらへ向けた。

 辺りを見回したリリーは、少し離れた場所に青いものを見つけ、急いで駆け寄った。落ちていたのは、青い花を象ったブローチだった。


「お姉ちゃん……」


 リリーはそれを拾い上げると、胸元へ強く抱き寄せた。頬を涙が伝う。その手の中には、姉とお揃いのリネリの花が握られていた。

 ――再会の意味を持つ花が。


 翌朝、村は重い空気に包まれていた。

 夜が明けてもリネは見つからず、新たな手掛かりも得られないまま、カケル達は村長に昨夜の出来事を報告していた。


「そうか……リネまで……」


 村長は悔しそうに拳を握りしめた。行方の知れぬ甥のことを、今もまだ捜し続けているのだろう。その拳には、怒りとも悲しみともつかない色が滲んでいた。話を聞いていた村人達も沈痛な面持ちで俯いていた。その中には、リリーの姿もあった。目は泣き腫らしていたが、胸元には昨日と同じ青い花のブローチがつけられている。

 ゼリスが村長へ向き直った。


「王都でも同じような失踪事件が起きている。俺達はこれから王都へ向かうつもりだ。リネの手掛かりも掴めるかもしれない」

「今回の事件と関係があるのか、王都で調べてみる」


 村長はしばらくゼリスを見つめたあと、深く頭を下げた。


「いなくなった村人達を、どうか……」


 その言葉を聞いていたリリーが胸元のブローチを握りしめ、少し迷うように俯いたあと、カケルの前まで歩いてきた。

 俯いたまま、リリーはぽつりぽつりと語り始めた。


「昨日の夜、お姉ちゃんと一緒に、森の近くを歩いてたの。そしたら急に魔物が出てきて……それだけじゃなくて、フードを被った人みたいなのもいて」


 声が微かに震える。


「お姉ちゃんが、私を逃がすためにそっちの気を引いてくれて……『先に行け』って。だから私、無我夢中で走って……振り返った時にはもう、お姉ちゃんの姿は見えなかった。追いかけてきたのは魔物だけで、フードの人も、いつの間にかいなくなってて」

「気づいたら魔物に追いかけられてて……あとは、皆さんが来てくれるまで、ただ必死で」


 そこまで話すと、リリーは一度言葉を切り、深く息を吸った。それから、まっすぐにカケルを見上げる。


「カケルさん」

「ん?」

「お姉ちゃんを……」


 一度言葉を詰まらせ、それでもリリーは顔を上げた。


「お姉ちゃんを助けてください」


 カケルは真っ直ぐリリーを見つめた。この先どれほどの困難が待っているのか、正直なところ分からない。それでも、迷いはなかった。


「うん。必ず見つける」


 ミライも隣へ並んだ。


「絶対に連れ帰るから」

「俺も手伝ってやる。任せとけ」


 アッシュが軽く拳を握りながら笑ってみせると、ゼリスも何も言わず、ただ小さく頷いた。それだけで、リリーには十分伝わったようだった。

 リリーは小さく頷く。


「ありがとう……」


 村を発つカケル達を、リリーは最後まで見送っていた。その胸元には、姉とお揃いのリネリの花。

 誰も多くを語らなかったが、その沈黙の中に、それぞれの覚悟が滲んでいた。

 再会を願うその花を背に、カケル達は王都への道を歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。