第9話 王都の影
2026.9.6 内容を一部変更しております
王都を目指して街道を進むこと、数日。なだらかな丘を越えたところで、カケルは思わず足を止めた。
「でかっ……!」
街道の先に、巨大な城壁が横たわっている。左右へ延びる壁の向こうには数え切れないほどの屋根が折り重なり、そのさらに奥、一際高い場所に王城らしき建物がそびえていた。遠目にも分かるその威容に、隣のミライも目を輝かせる。
「すごーい! あれがお城かな?」
指差した先を、カケルも見上げた。
「たぶん。あそこに王様がいるんだよな」
王都という名は、これまで何度も耳にしてきた。それでも実際に目の当たりにすると、これまで立ち寄ってきたどの町ともまるで規模が違う。
「二人とも、いつまで眺めてるつもりだ」
呆れたような声だった。
「あ、待ってくれよ!」
「置いてかないでよー!」
カケルとミライは慌てて駆け出した。
城門をくぐると、今度は街の熱気が押し寄せてくる。大通りの両側を埋め尽くす店々から、客を呼び込む威勢のいい声が飛び交い、荷を山と積んだ荷車が行き交う脇を、住民や旅人、武器を携えた冒険者たちが絶え間なく通り過ぎていく。どこを見ても人、人、人だ。
香ばしい匂いにつられてカケルが露店へ顔を向ければ、ミライは向かいの店先に並んだ色鮮やかな布地に目を奪われていた。
「カケル、あれ見て」
「あっちもすごいぞ」
「見物はあとにしろ。先に用事を済ませるぞ」
ゼリスに釘を刺され、カケルは名残惜しそうに露店から目を離す。
「分かってるって」
再び王城へ向かって歩き出したところで、前方から二人の兵士がやって来た。特に気に留めることもなくすれ違う。だが、しばらく進むとまた二人、その先にも兵士の姿がある。
「……兵士、多くないか?」
カケルの呟きに、ミライも周囲へ目を向けた。
「言われてみれば……」
ゼリスは何も答えなかった。真剣な面持ちで巡回する兵士へ一度だけ目をやり、そのまま歩みを進めていく。
カケルはもう一度兵士たちを振り返ってから、その背を追った。
◇
大通りの先にそびえる王城は、近づくほどに視界を占めていった。城門の前には武装した兵士が立ち、出入りする者へ目を光らせている。その前まで来ると、カケルもさすがに先ほどまでの浮ついた気分ではいられなかった。
ところが、ゼリスの姿を認めた途端、兵士の表情が和らいだ。
「ゼリス様、お久しぶりです」
「ああ。レオン王に会いたいんだが、取り次いでもらえるか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
兵士は一礼し、足早に城内へ消えていく。その背中を見送りながら、カケルはゼリスを横目で見た。英雄と呼ばれているのだから名が知られているのは当然かもしれない。それでも、王城の兵士が当たり前のように顔を知っているのを見ると、普段一緒に旅をしている男が途端に別人のように思えてくる。
ほどなくして戻ってきた兵士に案内され、四人は城へ入った。高い天井の下に磨き抜かれた床が真っ直ぐ延び、壁を飾る絵画や調度品も、カケルにはどれほどの価値があるのか見当もつかない。視線を右へ左へと動かしていると、前を歩くゼリスから声が飛んだ。
「きょろきょろするなよ」
「仕方ないだろ。こんなところ初めてなんだから」
「気持ちは分かるけどね」
そう言うミライもしっかり辺りを見回している。
やがて兵士が足を止めたのは、大きな両開きの扉の前だった。扉の向こうに広がる謁見の間へ足を踏み入れる。整然と並ぶ兵士たちの先には、一段高く設けられた王座があった。それを目にした途端、カケルの口数がなくなる。
「なんか緊張してきた……」
直後、背後で扉が開いた。
「レオン王、御入室!」
響き渡る声に、居並ぶ兵士たちが一斉に姿勢を正す。カケルも慌てて背筋を伸ばした。
兵士たちの間を、一人の男が歩いてくる。三十代後半ほどだろうか。華美な装いではない。だが、その足取りには迷いがなく、男が通り過ぎるたびに、居並ぶ兵士たちの間に張り詰めた空気が広がっていく。
あれが王様か――緊張していたはずなのに、カケルの口から漏れたのは別の感想だった。
「思ってたより若いな……」
隣のミライへ囁く。
「ちょっと、聞こえるって」
「もっと年寄りだと思っていたか?」
「えっ!?」
カケルの肩が跳ねた。顔を上げると、レオン王と目が合う。
「いや、その……」
「はははっ! よく言われる」
しどろもどろになるカケルを見て、レオン王は愉快そうに笑った。そのままゼリスへ視線を移す。
「久しぶりだな、ゼリス」
「ご無沙汰しております、レオン王」
「……やめろ。気持ち悪い」
「久々に会った王様に礼儀を払って何が悪い」
「お前にやられると余計に気持ち悪い」
「ひどい言われようだな」
ゼリスも堪えきれずに笑う。
「ははっ。相変わらずだな、お前も」
「お互い様だ」
国王を相手にしているとは思えないやり取りに、カケルは呆気に取られた。レオン王のほうも咎めるどころか、どこか楽しげにしている。
やがて、その目がカケルたちへ向けられた。
「それで、そちらの三人は?」
「俺の仲間だ。カケル、ミライ、アッシュ。今はこいつらと一緒に旅をしてる」
いきなり紹介され、カケルは反射的に頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします!」
ミライも慌ててそれに続き、アッシュは二人より幾分落ち着いて一礼する。
「グランシル王国へようこそ」
レオン王は三人を見渡し、穏やかに笑った。
「ゼリスの仲間なら、そう畏まらなくていい」
「は、はい」
そう言われても、相手は国王だ。すぐ普段通りにとはいかない。そんなカケルを見て、レオン王がわずかに口元を緩めた。
「それで、手紙にあった失踪事件のことだろ?」
ゼリスが切り出すと、レオン王の顔から笑みが消えた。
「ああ。手紙を出したあとも増えている。今では十数人だ」
「十数人……」
思わずカケルが呟く。
「ここへ来る途中に立ち寄った村でも、人が消えていた」
「ああ。村からの報告も受けている。王都だけの話ではないらしい」
「それだけじゃない」
ゼリスは懐へ手を入れると、折り畳んだ布を取り出した。広げられた黒い布には、六芒星と、その中央に瞬きひとつしない目を象った紋章が縫い付けられている。
「村で新たに一人、リネという娘が攫われた。その場から見つかったものだ」
レオン王は王座から立ち上がり、ゼリスの手にある布を受け取った。表と裏を確かめるように眺めたあと、眉を寄せる。
「この紋章は?」
「分からない。だが、魔獣だけの仕業じゃないのは確かだ。逃げ延びた妹が、フードをかぶった人影を見ている」
「人が魔獣を使っていたということか?」
「その可能性はある」
レオン王はもう一度、布に縫われた目へ視線を落とした。
「……見覚えはないな」
「王都でも知られていない紋章なのか?」
「ああ。少なくとも、俺は知らない。あとで城の記録も調べさせよう」
レオン王は布をゼリスへ返すと、険しい表情のまま王座へ戻った。
「兵には?」
「すでに調べさせている。巡回も増やした。だが、王都で起きた失踪については、今のところ有力な手掛かりが見つかっていない」
大通りで何度も見かけた兵士たちは、そのためだったのか。
ゼリスが問いを重ねる。
「目撃者は?」
「いない。少なくとも、失踪する瞬間を見た者は一人もいない」
「失踪した場所は? 何か共通点はないのか?」
「それも調べさせたが、何も掴めていない」
「……そうか」
ゼリスが腕を組んだ。謁見の間に、しばし沈黙が落ちる。
人が十数人も消えているのに、王都では誰一人としてその瞬間を見ていない。だが、村で見つかった黒い布と、リリーが見たフード姿の人物。わずかではあるが、これまでになかった手掛かりは残されている。
「ゼリス」
レオン王の声が静寂を破る。
「力を貸してくれ」
ゼリスは顔を上げた。
「ああ、もちろんだ」
迷いのない返事だった。
「ありがとう。すまないな」
「困っている人がいるのに、放っておけないだろ」
それだけ言うと、ゼリスは手元の黒い布へ目を落とした。
「まずは、この紋章について調べる。何か知っている者が、王都にいるかもしれない」
六芒星の中央に縫われた目が、四人をじっと見返している。
「こいつが何者の印なのか、必ず突き止めるぞ」
カケルたちは、揃って頷いた。




