第10話 虚ろな瞳
翌朝。カケル達は、レオン王から依頼された失踪事件の調査を始めていた。
王都は朝から大勢の人で賑わっている。市場には露店が隙間なく立ち並び、客を呼び込む商人達の威勢のいい声が絶え間なく飛び交っていた。
「人、多いなぁ……」
行き交う人々を眺めながら、カケルが呟く。
「王都だからな。これだけ人がいたら、聞き込みだけでも一苦労だぜ」
「ああ。だから手分けする」
ゼリスは懐から折り畳んだ黒い布を取り出した。そこには、六芒星と、その中央に瞬きひとつしない目を象った紋章が縫い付けられている。
「同じ紋章を見たことがないか、できるだけ多くの人に聞いてみよう。何か知っている者がいるかもしれない」
三人は頷き、それぞれ分かれて聞き込みを始めた。
しかし、調査は思うように進まなかった。商人、職人、冒険者。何人に尋ねても、返ってくるのは「知らない」「見たことがない」という答えばかりだった。似た意匠を扱う店を訪ねても、手掛かりになりそうな話は得られない。
昼を過ぎた頃、四人は広場の噴水前で再び合流した。
「駄目だな」
アッシュが頭を掻く。
「こっちは全滅だ。誰に聞いても見たことねぇってさ」
「俺も同じだ」
カケルも力なく噴水の縁へ腰を下ろした。
「似たような模様を扱ってる店にも聞いたけど、知らないって言われた」
「私のほうも何も分からなかったよ」
ミライの報告を聞き、ゼリスが腕を組む。
「俺もだ。これだけ人がいる王都で誰も知らないとなると、表立って使われている紋章じゃないらしいな」
「王都の外から来た連中ってことか?」
「その可能性もある。あるいは、正体を隠して活動しているかだ」
四人の間に沈黙が落ちる。手掛かりを掴んだと思ったのに、その紋章が何を意味するのかさえ分からない。
カケルが噴水の水面を見つめていると、不意に人混みの向こうから声が響いた。
「あの子、どこ行ったの……! 誰か見なかった!?」
四人は一斉に顔を上げた。次の瞬間には、声のしたほうへ駆け出していた。
声が聞こえたのは、市場の一角だった。一人の女性が人波をかき分けながら、必死に周囲へ呼びかけている。すでに駆けつけていた兵士達が、集まった野次馬を遠ざけながら辺りを調べていた。
「何かあったのか?」
ゼリスが尋ねると、兵士の一人が振り返った。
「少女が一人、姿を消しました」
「いつだ?」
「ほんの少し前です」
女性が縋るようにゼリスへ駆け寄った。
「娘とは手をつないでいたんです。買ったものと釣り銭を受け取るために、一度だけ手を離して……振り返ったら、もういなくなっていて……周りの人にも聞きました。でも、誰も娘のことを見ていないと……」
迷子だろうか——カケルは一瞬そう思ったが、すぐに引っかかりを覚えた。市場では今も商人達が声を張り上げ、大勢の客が行き交っている。ただ迷い込んだだけなら、これだけの人の中で誰か一人くらい見かけていてもおかしくない。
ゼリスの表情が、わずかに変わった。
「……もしかして」
「ゼリス?」
カケルが問いかけると、ゼリスは兵士へ向き直った。
「誰かが連れていくところを見た者は?」
「いません。争った形跡もありませんでした」
ゼリスは短く息を吐いた。
「いや……まだ分からない。だが、無関係とは思えない」
「近くにいた人から話を聞こう」
ゼリスの言葉に、三人は頷いた。カケルとミライは母親から娘の服装や特徴を聞き、アッシュは兵士とともに市場の出口を調べる。ゼリスは一人、周囲の露店を回り始めた。
だが、少女を見たという者はなかなか現れなかった。これだけの人がいるのに、誰の記憶にも残っていないかのようだった。
しばらく聞き込みを続けていると、一人の露店商が自信なさげに口を開いた。
「そういえば……」
男は記憶を辿るように眉間へ皺を寄せた。
「それらしい子が、誰かと歩いていくのを見た気がするな」
「誰かと?」
「ああ。手を引かれて、あっちの路地へ入っていった。あまりに普通に歩いていたから、てっきり親子か何かだと……」
男が指差したのは、市場から外れた細い路地だった。
「どんな奴だった?」
「黒っぽい服を着ていた。顔までは見てない。ただ……」
男は少し考え、自分の胸元を指差した。
「ここに、変わった飾りをつけていた気がする。魔法陣みたいな模様の真ん中に、目が描かれていたような……」
四人の表情が変わった。六芒星の中央に描かれた、一つの目。村で拾った黒い布に縫い付けられていたものと、同じ紋章かもしれない。
「そのとき、女の子の様子は?」
ゼリスが尋ねる。
「様子?」
「嫌がったり、助けを求めたりしていなかったか?」
「いや……」
露店商は目を閉じ、しばらく考え込んだ。
「大人しく手を引かれていたよ。ただ、言われてみれば少し変だったな」
「何が?」
「表情がなくて、前だけを見ながらぼんやり歩いていたような……」
「くそっ……」
カケルが拳を握り締める。
「すぐ近くにいたはずなのに」
「大人しくついていったって、どういうことなの?」
ミライが不安そうに呟いた。
「知らない人だったんだよね。それなのに、助けも求めずに……」
「眠らされてたわけでもねぇ。自分の足で歩いてたんだ」
アッシュの言葉に、カケルは先ほどの露店商の話を思い返した。前だけを見つめ、見知らぬ者に手を引かれて歩いていく少女。
「操られてた……?」
「見落としがあるかもしれない。もう一度、周辺をくまなく捜すぞ」
ゼリスの言葉に、三人は頷き、それぞれの持ち場へ戻っていった。
カケルはミライとともに市場へ引き返した。少女がほんの少し前までいた市場は、何事もなかったように賑わっている。その人波のどこかに、前だけを見つめて歩く虚ろな瞳がまだ紛れているような気がして、カケルは通り過ぎる人々の顔を一人ずつ追った。




