第11話 偽りの救い
その後も捜索を続けたカケル達は、目撃証言を頼りに黒装束の人物の行方を追った。辿り着いたのは、人けのない場所に建つ古びた倉庫だった。入口には黒いローブを纏った二人が見張りに立ち、その胸元には村で見つけたものと同じ紋章があった。
「行くぞ」
ゼリスの言葉に、三人が頷いた。
物陰を利用しながら慎重に距離を詰め、見張り達の注意が外れた隙に倉庫の裏手へ回り込む。窓から中を覗くと、見えるのは木箱ばかりだった。
「思ったより普通だな」
アッシュが小声で呟く。
「表向きは倉庫なんだろう。中を調べるぞ」
四人は裏手の窓から倉庫へ入り、足音を殺しながら内部を調べていった。やがてカケルが、奥に並んだ棚の脇へ目を留める。
「なあ、これ……」
人一人が通れるほどの隙間がある。覗き込むと、その奥に扉が見えた。
「ここか」
カケルが呟くと、ゼリスは静かに頷いた。扉を開くと、その先には地下へ向かう石造りの階段が続いている。四人は慎重に下り始めた。
地下へ進むほど空気は冷たくなり、湿った石の匂いが鼻をついた。地上から聞こえていた物音も、今ではすっかり遠ざかっている。
やがて階段の先に明かりが見えると、ゼリスが片手を上げた。全員が足を止め、壁の陰からその先を窺う。
広い地下空間を、黒いローブ姿の者達が行き来していた。その奥には鉄格子で仕切られた牢が並び、十人近い男女が閉じ込められている。痩せ細った男、顔を覆って泣く女性、壁にもたれて座り込む老人。誰もが疲れ切った表情をしていた。
「……っ」
ミライが息を呑む。
「助けてくれ……」
格子の向こうから、掠れた声が漏れる。
「家に帰りたい……」
別の女性が、俯いたまま涙を流していた。
カケルは拳を強く握り締めた。今すぐ飛び出し、格子を壊してしまいたい。目の前で助けを求めているのに、このまま見ているだけなんて。
一歩踏み出そうとしたところで、ゼリスがその肩に手を置いた。
先に内部の状況を確かめる。
声に出さなくても、その意図は伝わった。ここで騒ぎになれば、ほかの場所にいる人々が危険に晒されるかもしれない。カケルは逸る気持ちを抑え、小さく頷いた。
そのとき、地下のさらに奥から声が聞こえた。
「ああ、アレス様……」
カケル達は顔を見合わせる。鉄格子の中から聞こえる助けを求める声とは違う。何かに酔いしれているような、奇妙な響きを帯びていた。
見張りの目を避けながら奥へ進み、四人は別の部屋の入口に身を寄せた。中には十数人の男女が整然と並んで座り、全員が正面の壁を見つめている。そこには、中央に一つの目を配した六芒星の紋章が大きく描かれていた。
「アレス様の考えを世界へ!」
「苦しみなき世界を、我らの手で!」
「アレス様こそ、真実!」
虚ろな目。
なのに、声だけは力強い。
誰一人として隣の者へ視線を向けず、同じ言葉を、同じ熱量で繰り返している。
カケルの背筋に寒気が走った。あまりにも異様な光景だったが、周囲に立つ黒いローブ姿の者達は、それを当然のことのように見守っている。
やがて、数人の教団員が部屋の中央へ集まった。その中の一人が口を開き、カケル達は息を潜める。
「洗礼が終わった者から、順に各地へ送る。北部には二名、南部には三名。残りは次の巡礼団と共に移動させろ」
「承知しました」
指示を受けた男が、小さく笑う。
「着実に教徒が増えていますね」
中央に立つ男は、わずかに眉をひそめた。
「勘違いするな。我々は、ただ教徒を増やしているのではない。アレス様の教えを広めているのだ」
周囲の教団員達が静かに頷く。
「争いのない世界のために」
「苦しみのない世界のために」
「すべては、アレス様の理想のために」
その声には、虚ろな目で祈りを捧げる者達とは違う熱がこもっていた。本心から、自分達の行いが正しいと信じているようだった。
だが、その言葉が途切れた直後、別の部屋から激しい物音が響いた。
「やめろ!」
「離せ! ここから出せ!」
誰かが抵抗しているらしく、何かが床へ倒れる音が続く。
教団員の一人が、面倒そうに息を吐いた。
「まだ教えを受け入れない者か」
「はい」
「ならば、洗礼を続けろ」
命じる声には、ためらいがなかった。ほかの教団員達も、悲鳴のする部屋へ目を向けようとさえしない。
カケルの胸の奥から、怒りが込み上げてきた。
そのとき、通路の奥から別の男が姿を現した。
「新しく連れてきた者達はどうなった?」
「順調です」
「例の少女は?」
「問題なく進んでいます」
例の少女という言葉に、カケルの心臓が大きく跳ねた。リネか、それとも先ほど王都で攫われた少女なのか。あの男が出てきた通路の先に、いるのだろうか。
身を乗り出しかけたカケルの肩を、ゼリスが再び押さえた。
まだだ。
その視線が、そう告げていた。
そのとき、ミライが足を引いた拍子に、小石が靴先に触れた。転がった石が壁に当たり、乾いた音を立てる。
近くにいた教団員が、微かな音に眉をひそめた。
「……誰だ?」
男が、音のした方向へ顔を向ける。
その視線が、壁の陰にいるカケルとぶつかった。
「侵入者だ!」
叫び声に祈りが途切れ、座っていた者達までもが一斉に顔を向ける。
黒いローブを翻し、教団員達が動き出した。




