第12話 届かぬ手
「ちっ!」
アッシュが舌打ちし、拳に闘気を纏わせた。カケルとミライも剣を抜き、迫ってきた教団員を迎え撃つ。刃を弾く音と怒号が地下に響いた。その騒ぎを聞きつけ、通路の奥からも黒いローブ姿が現れる。
「逃がすな!」
教団員の声に応じるように、数体の魔物が飛び出してきた。カケルは飛びかかってきた一体を斬り払い、奥の通路へ目を向けた。
「あの先に、リネがいるかもしれない!」
ゼリスも通路へ視線を走らせた。だが、そちらへ向かおうとする四人の前に、次々と魔物が押し寄せてくる。ゼリスが一歩前へ出ると、迫る魔物を斬り伏せ、そのまま三人の前に立った。
「ここは俺が引き受ける。お前達は先へ行け」
「ゼリス!」
ミライが振り返る。
「でも――」
ゼリスはカケルへ目を向けた。
「リネを助けたいんだろ。行ってこい」
カケルは剣を握り直した。
「……分かった。頼む!」
三人はゼリスが開いた道を駆け抜け、通路へ飛び込んだ。背後では魔物の咆哮と教団員達の怒号が響いている。カケルは振り返らず、先を急いだ。
通路の先に見えてきた大きな扉を、カケルは勢いよく押し開けた。数人の教団員が振り返る中、その奥に立つ少女の姿が目に入り、カケルは足を止めた。
「……リネ」
間違いない。村で出会ったリネだった。
だが、扉の音にもこちらの声にも反応しない。視線は宙の一点に留まり、妹と笑い合っていたときの柔らかさは、その表情から消えていた。
「リネ!」
カケルが駆け寄ろうとすると、教団員達が行く手を塞いだ。
「連れて行け」
一人が命じる。別の二人がリネの腕を取り、部屋の奥にある通路へ引いていった。リネは抵抗もせず、その歩みに従う。
「待て!」
カケルは追おうとした。だが、そのとき、奥から重い足音が響いた。
リネを連れた教団員達と入れ替わるように、巨大な影が通路から現れる。全身を黒い毛に覆われ、頭には二本の角が生えていた。人の倍近い背丈の魔物が、赤い瞳で三人を見下ろす。その背後では、太い尾が床を擦っていた。行く手を塞いでいた教団員達も、魔物の脇を抜けて奥の通路へ退いていった。
「魔物……!」
ミライが剣を構えた。
「侵入者か」
低い声に、カケルは息を呑んだ。だが、驚いている暇はなかった。魔物の背後では、リネの姿が通路の奥へ遠ざかっていく。
「リネを返せ!」
魔物は鼻を鳴らした。
「通すわけにはいかんな」
カケルは横を抜けようと地を蹴った。巨大な腕が、その行く手へ振り下ろされる。咄嗟に身を引くと、目の前の石床が砕け、破片が頬を掠めた。
「どけっ!」
カケルは剣へ闘気を流し込み、振り下ろされた腕へ斬りつけた。刃は黒い毛皮を裂いたが、浅く食い込んだところで止まった。骨まで届かない――そう悟る間もなく、魔物が腕を振り払う。カケルは剣を引き抜いたものの、その勢いに体勢を崩した。
「カケル!」
ミライが横から斬り込み、魔物の注意を引く。その隙にカケルは後ろへ跳び、距離を取った。
奥の通路には、もうリネの姿がない。
「くそっ……」
剣を握る手に力がこもる。ここを抜けなければ追いつけない。
「ミライ、アッシュ!」
「ああ!」
アッシュが応じ、ミライも頷いた。一瞬だけ視線を交わし、それぞれの位置へ散る。
カケルが正面から斬りかかる。魔物が腕でその刃を弾いた隙に、ミライが側面へ回り、闘気を纏った剣を脚へ振るった。このまま押し切れるか――そう思う間もなく、魔物の視線がミライへ向く。カケルは息を止めて見守った。その隙に、アッシュが逆側から懐へ飛び込む。
「くらえ!」
闘気を集めた拳が、脇腹へ叩き込まれた。鈍い手応えが返る。だが、魔物はわずかに上体を傾けただけだった。拳に響いた衝撃の硬さに、アッシュは奥歯を噛んだ。
アッシュは身を屈め、頭上を薙いだ腕を避けた。そのまま後ろへ跳び、カケルとミライもいったん距離を取る。魔物の脚からは血が滲んでいる。しかし、こちらへ向き直る足取りに乱れはなかった。
魔物が、これまでとは違う速さで踏み込んだ。カケルは息を詰め、迫る拳を横へ避けた。かわしきれなかった風圧だけで頬が痺れる。背後の壁が砕け、石の破片が肩や背中を打った。魔物は間を置かず、再び三人へ向き直っていた。
カケルは剣を構え直す。まだ痺れの残る手で、柄を握り締めた。それでも、退くわけにはいかない。
ミライが低く身を沈め、傷をつけた脚へ斬り込む。魔物がその刃を避けて足を引いたところへ、カケルが踏み込んだ。振り下ろした剣を、魔物が片腕で受ける。柄を通して伝わる衝撃に、カケルの腕が痺れた。
「今だ、アッシュ!」
側面へ回っていたアッシュが地を蹴った。拳の先に、確かな手応えの予感があった。だが、その拳が届く直前、魔物の背後から太い尾がしなった。避ける間もなく、鈍い衝撃が脇腹を貫く。
「ぐあっ!」
アッシュの体が浮き、そのまま床へ投げ出された。
「アッシュ!」
ミライがそちらへ駆ける。カケルも思わず目を向けた――その一瞬だった。
魔物が剣を受けていた腕を振り払い、カケルの構えを崩した。もう片方の拳が、目の前に迫った。
剣を戻そうとする。間に合わない。
その瞬間、一本の剣が横から差し込まれた。重い衝突音が響き、魔物の拳が止まる。
「よく持ちこたえたな」
聞き慣れた声だった。




