第13話 救出の果てに
「ゼリス!」
カケルが声を上げると、ゼリスは小さく頷いて魔物の拳を弾き返した。巨体がよろめき、一歩後退する。
カケルは目を見張った。三人がかりでも押し切れなかった相手を前に、ゼリスは剣を構え直した。
「人間か。随分と腕が立つようだな」
「ふっ、そいつはどうも」
次の瞬間、ゼリスは魔物の懐へ潜り込んでいた。鋭い斬撃が黒い毛皮を裂き、三人では浅い傷しかつけられなかった身体に、深い傷を刻む。
「なっ――」
魔物が目を見開く。ゼリスは振り払われた腕をかわし、追撃を重ねた。二撃、三撃。剣が振るわれるたびに巨体が後退していく。あれほど手強かった相手が、まるで別物のように崩れていく――カケルはその光景に言葉を失った。魔物は腕で庇おうとするが、その腕にも新たな傷が走った。
「馬鹿な……!」
魔物が咆哮を上げ、全身に魔力を集めると、足元の石片が震えた。ゼリスは静かに剣を構え直した。
「終わりだ」
その声は静かだった。
「流星剣」
踏み込みとともに、刃が閃いた。魔物の巨体が揺れる。何かを言おうと口を開いたが、声にはならなかった。胸から腹にかけて深い傷が走り、巨体が傾く。床を揺らして崩れ落ちると、それきり動かなくなった。
「追わないと!」
カケルが奥の通路へ目を向ける。ゼリスは、ミライに支えられて身体を起こすアッシュを振り返った。
「アッシュ、動けるか?」
「……ああ」
だが、立ち上がろうとした途端、その顔が歪んだ。
「無理するな。ミライ、アッシュを頼む」
ミライが頷くと、ゼリスはカケルとともに奥の通路へ向かった。通路の先には上り階段があり、その上に扉が見えた。カケルは駆け上がり、扉を押し開ける。
扉の先には、草地が広がっていた。振り返ると、王都の城壁が遠くまで延びている。地下を進むうちに、城壁の外へ出ていたらしい。リネも、教団員達の姿もなかった。
「リネ!」
呼びかけても返事はなかった。辺りを見回すが、どちらへ向かったのかさえ分からない。
「カケル、一度戻ろう」
「でも!」
「落ち着け」
ゼリスの声に、カケルは振り返った。
「このまま闇雲に捜しても、見つかるとは限らない。それに、地下にはまだ助けを待っている人達がいる。残していくわけにはいかないだろう」
カケルは唇を噛んだ。ようやく見つけ、生きていることも確認できたというのに、手は届かなかった。
「くそっ……!」
拳を強く握り締める。その肩に、ゼリスが手を置いた。
「リネは必ず助け出す。だが、まずは囚われていた人達を、安全な場所へ連れて行こう」
戻らなければならないことは分かっていながらも、カケルは俯いた。リネが連れ去られたときの姿が、頭から離れなかった。
「……分かった」
ようやく絞り出すように答えると、ゼリスは小さく頷いた。
二人は来た道を引き返し、ミライ達と合流した。アッシュも、脇腹を押さえながら立ち上がる。四人で囚われていた人々のもとへ戻ると、格子の向こうから、不安そうな顔がこちらを向いた。
「もう大丈夫だ。安心してくれ」
ゼリスが牢の扉を開けると、一人が恐る恐る歩み出た。その後ろで、女性が顔を覆って泣き出す。カケル達はほかの部屋も回り、囚われていた人々を連れ出した。
紋章の前で祈っていた者達も、呼びかけるうちに少しずつ正気を取り戻していった。戸惑ったように周囲を見回し、帰れると知って涙を流す者もいる。カケル達は人々を連れ、教団の拠点を後にした。
街へ戻ると、失踪者の姿に気づいた人々が声を上げた。知らせを聞いた家族が、次々と駆け寄ってくる。涙を流しながら再会を喜ぶ者、その場で泣き崩れる者。その姿を見ても、カケルの表情は晴れなかった。
「カケル」
ミライが心配そうに声をかける。
「……分かってる」
そう答えながらも、カケルは目を伏せた。もっと強ければ、もっと早く辿り着けていれば。そんな考えばかりが頭を巡る。その様子を見ていたゼリスが、そばへ来た。
「焦るな。今回は負けたわけじゃない。連中の拠点を潰し、多くの人を助けることができた。そして、リネが生きていることも分かった」
ゼリスは真っ直ぐカケルを見つめた。
「次がある」
カケルはゆっくりと拳を握った。今度こそ、リネを連れて帰る。




