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英雄の歩いた世界  作者: 神楽坂 澪


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第14話 王城襲撃

 家族に付き添われ、人々はそれぞれの家へ帰っていった。カケル達もその場を離れ、通りを歩き始める。


「レオンに報告に行こう」


 ゼリスが言った。


「攫われた人達のことも、教団のことも伝えておく必要がある」

「そうだな、とりあえず王様に言われたことは片づけたし」


 アッシュが頷く。


「ああ。国のほうでも調査が進んで、別の手掛かりが見つかっているかもしれないしな」


 カケルは隣を歩くゼリスへ顔を向けた。


「なあ、ゼリスは何かあいつらのことを知らないのか?」


 ゼリスは黙り込んだ。


「ゼリス?」


 ミライの呼びかけに、ゼリスは口を開いた。


「……実は」


 そのとき、轟音が響いた。通りを行く人々が足を止め、一斉に辺りを見回す。


「何だ?」


 ゼリスが顔を上げた。


「ゼリス、あれ!」


 カケルが指差した先、王城の一角から煙が上がっていた。


「今の音、あそこからか?」


 アッシュの声に重なるように、再び轟音が響く。ゼリスの表情が険しくなった。


「行くぞ」


 三人は頷き合った。先頭を切ったゼリスに、カケルとミライが続く。アッシュも王城へ向かって走り出した。


   ◇


 レオンは玉座に腰掛け、調査に出たゼリス達のことを考えていた。肘掛けに置いた指が落ち着きなく動く。その様子に気づいた兵士が声をかけた。


「レオン様、どうしたんですか?」

「うん、ちょっと落ち着かなくてな」

「ゼリス様の心配ですか? 英雄と呼ばれるほどの方ですし、何も心配はいらないのでは?」

「そうなんだが、何だかな……」


 言葉を切った、そのときだった。遠くで重い地鳴りのような音が響き、床にかすかな振動が伝わってくる。レオンは顔を上げ、兵士も扉へ目を向けた。


「レオン様!」


 ほどなくして飛び込んできた騎士は、息を切らしていた。


「敵襲です!」

「魔物か」

「いえ、人間です!」


 レオンは玉座から立ち上がった。


「人数は」

「一人です!」

「一人だと?」

「王城の門が破壊されました! 迎撃した部隊も突破されています!」


 その直後、再び大きな衝撃が響いた。レオンが窓辺へ寄ると、門から続く道で騎士達が次々と吹き飛ばされていた。その中心を、一人の男が歩いている。周囲で剣が振るわれても足を止めず王城へ近づいてきた。

 王城の廊下では、数十人の騎士が剣を抜いて待ち構えていた。男が姿を現すと、先頭の一人が声を張り上げる。


「止まれ!」


 男は歩みを止めなかった。


「止まれと言っている!」


 騎士が踏み込み、剣を振り下ろす。その刃が届くより早く、男の腕が動いた。騎士の身体が宙を舞い、壁へ叩きつけられる。

 周囲の騎士達も一斉に襲いかかった。男は迫る刃を払い、近づいた者を次々と殴り飛ばしていく。倒れた騎士をまたぎ、さらに奥へ進んだ。

 やがて、謁見の間の扉が開いた。

 レオンは剣を構え、入ってきた男を見据えた。二メートル四十ほどもある筋骨隆々とした巨体。両手にはガントレットが装着されている。男は居並ぶ騎士達へ目もくれず、足を止めた。


「英雄ゼリスはどこだ」

「お前は誰だ」

「ヴォルグ。アレス教、ヴォルグだ」


 レオンは剣を握り直した。


「ゼリスに何の用だ」

「なあに、ちょっと野暮用だ」

「……貴様に教える義理はない」

「そうか。なら用はない。死ね」


 直後、巨体が視界から消えた。

 レオンは反射的に剣を振るった。しかし刃は空を切り、ヴォルグはすでに懐へ踏み込んでいた。迫る拳を、引き戻した剣で辛うじて受ける。凄まじい衝撃が腕を駆け抜け、数歩後退した。


「レオン様を守れ!」


 騎士達が一斉に飛び出した。ヴォルグは最初の一撃を腕で弾き、隣から斬りかかった騎士を掴んで投げ飛ばす。壁へ激突する音に周囲がひるんだ。それでも、騎士達は攻撃を続けた。

 剣は弾かれ、槍は受け流され、近づいた者から床へ倒れていく。レオンは歯を食いしばり、再び前へ出た。騎士へ向いていたヴォルグの側面を狙って剣を振るう。だが、その一撃も紙一重でかわされた。続けて斬り返した刃は、指先で横から逸らされる。


「化け物め……」


 吐き捨てたそのとき、ヴォルグの手が剣の刃を掴んだ。レオンは引き戻そうとしたが、剣は動かなかった。逆に強く捻られ、柄が手からもぎ取られる。

 ヴォルグは奪った剣を軽く眺め、その切っ先をレオンへ向けた。


「レオン様!」


 騎士達が叫ぶ。誰も間に合わないまま、ヴォルグは無造作に剣を振り下ろした。

 刃がレオンへ迫る。その瞬間、激しい金属音が謁見の間へ響き渡った。横から差し込まれた一振りの剣が、ヴォルグの剣を受け止めていた。


「王様相手に物騒だな」


 聞き慣れた声に、レオンが目を見開く。


「ゼリス」

「少し遅れた」


 ゼリスは笑みを浮かべた。その後方には、カケル、ミライ、アッシュの姿もある。ヴォルグはレオンから視線を移し、目の前の男を見つめた。


「お前が英雄か」

「一応そう呼ばれている」


 ゼリスは受け止めた剣を押し返した。ヴォルグは剣を投げ捨て、空いた手で拳を繰り出す。空気を裂くような一撃だった。

 ゼリスは剣を横に構えて受け止める。その衝撃で足元の床が軋んだ。続く二撃目を受け流し、反撃の斬撃を繰り出す。ヴォルグは身体をわずかに傾けてかわし、肘を打ち込んできた。ゼリスは後ろへ跳び、距離を取る。

 一瞬の攻防だった。


「なんだあれは……」


 その後も続く二人の攻防に、騎士の一人が呆然と呟いた。王国でも指折りの実力者達が、誰一人として間に入れずにいた。


「すげぇ……」


 アッシュが呟く。


「こんなに強かったの……」


 ミライも目を離せなかった。カケルも言葉を失っていた。ゼリスが強いことは知っている。何度も、その戦いを見てきた。それでも、今の攻防は目で追うだけで精一杯だった。

 二人が再び距離を取ると、謁見の間に静寂が訪れた。ヴォルグは無言のままゼリスを見据える。ゼリスはゆっくりと剣を構えた。


「流星剣!」


 ゼリスが踏み込み、刃が閃いた。ヴォルグは退くこともなく、手の甲で受けるように拳を振り上げた。激しい金属音が響き、ガントレットに阻まれたゼリスの剣が止まる。


「な……」


 ゼリスの顔から余裕が消えた。


「がっかりだ。英雄なぞ大層な肩書を持つくせにこの程度か」


 ヴォルグがそう言った次の瞬間、もう一方の拳がゼリスの腹部へめり込んだ。


「がはっ……」


 鈍い衝撃音とともに、ゼリスの身体が吹き飛ぶ。背中から石壁へ激突し、そのまま壁を突き破った。崩れ落ちる瓦礫と土煙が、その姿を覆い隠す。


「もう少し俺を楽しませてくれるかと思ったのだがな」

「ゼリス!」

「そんな……」

「おいおい、冗談だろ……」


 カケル、ミライ、アッシュが声を上げた。カケルは崩れた壁へ目を向けたが、土煙に遮られ、ゼリスの姿は見えなかった。

 駆け寄りたい。だが、ヴォルグを前にしたまま、背を向けるわけにはいかなかった。

 カケルは剣を握り直した。


「みんな、こいつを止めるぞ!」

「分かった」

「言われなくてもな」


 ミライがカケルの隣に並び、アッシュが拳に闘気を纏わせた。三人はヴォルグへ向かって駆け出した。

 二人は左右から同時に斬りかかった。ヴォルグは両手を上げ、それぞれの刃を掴んで受け止める。カケルが剣を引こうとするより早く、ヴォルグが身体を捻った。

 柄を握ったまま、二人の足が床を離れる。ヴォルグは二人を振り回し、後を追ってきたアッシュへ向けて、掴んだ刃を放した。


「なっ――」


 避ける間もなく、アッシュは二人と衝突した。三人の身体がもつれ合い、床へ転がる。

 カケルは呻きながら腕をついた。そばではミライが剣を手に立ち上がろうとしている。アッシュは脇腹を押さえ、顔を歪めていた。

 ヴォルグが三人へ歩み寄る。ミライは片膝をついた姿勢で剣を構えたが、振るうより早く、ガントレットに覆われた拳が迫った。


「くっ……!」


 ミライは辛うじて刃で拳を受けたものの、衝撃に押し切られ、身体ごと弾き飛ばされた。


「ミライ!」


 アッシュが身を起こして拳を握ったが、その腹へヴォルグの蹴りが叩き込まれた。床を滑ったアッシュは身体を折り曲げ、それ以上動けなくなった。


「やめろ!」


 カケルは剣を支えに立ち上がると、剣へ闘気を集中させ、ヴォルグへ踏み込んだ。


「負けるかぁっ!」


 渾身の一撃を叩き込んだが、ヴォルグは片手で刃を掴んで受け止めた。カケルは歯を食いしばり、柄を握り締めたが、どれほど力を込めても、刃を掴む手は動かなかった。


「邪魔だ」


 ヴォルグは短く言い捨て、カケルの顔面へ拳を叩き込んだ。殴り飛ばされた衝撃で柄が手から離れ、カケルの身体が床を転がる。

 ミライが名を呼ぶ声を聞きながら、カケルは床に手をついた。視界が揺れ、身体を起こせない。その間にもヴォルグは奪った剣を提げて歩み寄り、切っ先をカケルへ向けた。


「カケル! 危ない!」


 突き出された剣が、一直線に迫った。動けない。もう駄目だと思い、カケルは目を閉じた。

 だが、覚悟した痛みは訪れなかった。恐る恐る目を開けると、目の前でゼリスが身を屈めていた。


「ゼリス!?」


 カケルへ届くはずだった剣は、ゼリスの身体を貫いていた。

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