第3話 修行
翌朝。まだ日が昇って間もない時間、四人は町外れの草原へやって来ていた。朝露に濡れた草が朝日にきらめき、吹き抜ける風が草原を静かに揺らしている。ゼリスは足元に落ちていた木の枝を拾い上げると、軽く振って感触を確かめた。
「さて、今日から修行だ」
その一言で、和やかだった空気が引き締まった。カケルは背筋を伸ばし、ミライも真剣な面持ちでゼリスを見つめた。
「まず最初に覚えてもらうのは闘気だ。闘気は身体を強化するだけじゃない、武器にも流せる」
ゼリスは腰の剣を静かに抜き放った。剣へ意識を向けた次の瞬間、刃が淡い光を帯びた。朝日に照らされた光は幻想的で、思わず目を奪われた。
「おぉ……」
「今まで剣が通らなかった相手にも有効になることがある。これを覚えるだけで戦い方の幅はかなり広がるぞ」
カケルは思わず息を呑んだ。ゼリスは剣を鞘へ納めると、二人を見渡した。
「アッシュ、お手本を見せてあげなさい」
「任せろって」
アッシュは軽く笑いながら一歩前へ出た。拳を構えた途端、闘気が集まり、淡い光が拳を包み込んだ。
「こんな感じだ」
ゼリスは満足そうに頷いた。
「もちろん、アッシュみたいに身体に闘気を纏って戦うこともできる」
「すげぇ……」
「今まで剣が通らなかった敵がいなかったか? そんな相手でも、この闘気を込めればズバッといけるようになる」
ゼリスは悪戯っぽく笑った。
「まぁ、できないのは今のところカケルだけになりそうだが」
「なっ!?」
思わぬ一言にカケルは目を丸くした。その隣で、ミライは興味深そうに自分の剣へ視線を落とした。
「こうかな?」
恐る恐る意識を向けると、刃はあっさりと淡い光を帯びた。
「できた!」
光を帯びた剣を見つめたまま、ミライは嬉しそうに何度も剣を返していた。
「へっへーん。結構簡単ね」
「なんでだよ!?」
思わず叫んだカケルを見て、アッシュがからかった。
「はははは!カケルだけ置いてかれてるぞ!」
「うるさいなぁ」
そのやり取りを眺めながら、ゼリスはミライへ目を向けた。
「筋はいいな」
思いがけない一言に、ミライの表情がぱっと明るくなった。
「本当?」
「ああ。ただ、まだ不安定だ。今日は一日かけて精度を上げよう。もっと安定して扱えるようになるはずだ」
「うん!」
力強く頷くミライの隣で、カケルは黙ったまま剣を握った。二人の差を見せつけられたようで、胸の奥がざわついた。
「くそっ……」
何度繰り返しても剣に変化はなかった。何が違うのかも分からないまま挑戦を続けるが、闘気が剣へ流れる感覚はなかなか掴めず、焦るほど思うように身体は応えてくれない。それでも諦めるわけにはいかず、カケルは唇を引き結ぶと、もう一度剣へ意識を向けた。
そんな様子を見ていたゼリスが腰を上げた。
「じゃあ俺は少し町へ行ってくる。夕方には戻る。それまでちゃんとやっておくように」
そう言い残し、ゼリスは町へ向かって歩き出した。
「大丈夫だって。そのうちできるようになるさ。あとは練習あるのみ」
励ますアッシュに、カケルは力なく笑った。
「はは、本当かな……」
「ま、優秀な俺は一日でできたけどな」
「はいはい。どうせ俺は才能ないですよ」
「ははっ、拗ねるなって。できるようになるさ」
二人のやり取りに、ミライは思わずくすりと笑った。
それから何時間も修行は続いた。何度も試すうちに、ミライは闘気を自在に扱えるようになっていった。だが、カケルだけは何度挑戦してもその感覚を掴めず、焦るほど身体には余計な力が入り、気付けば空は茜色に染まり始めていた。
聞き慣れた声に振り返ると、ゼリスが立っている。
「おやおや。まだできてないんですか?」
「難しいんだよ」
からかうような笑みに、カケルは顔をしかめた。ゼリスは笑みを収めると、足元に落ちていた木の枝を拾い上げ、軽く握った。枝が呼応するように淡い光を帯びた。
「やってみろ」
カケルは大きく息を吸った。焦るな。力むな。自然に──ゼリスの動きを思い返しながら、ゆっくりと意識を向けると、剣が淡く光った。
「できた……!」
剣に灯る淡い光を、カケルはしばらく黙って見つめていた。何度も繰り返した手のひらの感触を確かめるように、ゆっくりと指を握り直す。張り詰めていた力がふっと抜け、ようやく、ミライの隣に並べた気がした。
「おめでとう!」
「やっとか」
自分のことのように喜ぶミライに、アッシュは嬉しそうに口元を緩め、ゼリスも満足そうに頷いた。
「よし。今日はここまでだ」
こうして初めての修行を終えた四人は、夕暮れの町へと戻ってきた。西日に照らされた石畳は赤く染まり、行き交う人々もどこか一日の終わりを思わせる穏やかな表情を浮かべている。
町へ入って間もなく、一人の女性がゼリスの姿を見つけ、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「あっ!」
ゼリスの前まで来ると、女性は深々と頭を下げた。突然の出来事に、カケルたちは顔を見合わせた。
「先ほどはありがとうございました!」
「いやいや。大したことはしてないよ」
照れたように頭を掻いたゼリスを見て、ミライが首を傾げた。
「どうかしたんですか?」
「荷物を運ぶ途中で困っていたら、手伝ってくださったんです!」
女性は嬉しそうに答えると、もう一度頭を下げた。
「本当にありがとうございました!」
「何かお礼を──」
「だから気にしなくていいって。ただの暇つぶしだよ」
女性は何度も礼を述べながら去っていき、その後ろ姿を見送ったアッシュが小さく息をついた。
「本当、師匠ってお人よしだな」
感心したように呟くアッシュに、ミライも笑みを浮かべた。
「さすが私たちの師匠」
「ゼリス、やっぱかっけえや」
「なんだ、今頃気付いたのか?」
得意げに胸を張ったゼリスに、アッシュは呆れたように肩をすくめた。
「師匠、またすぐ調子に乗って」
「あはは」
ミライがくすりと笑うと、つられるように三人も笑い出した。穏やかな笑い声は夕暮れの町並みに溶け込み、四人はそのまま肩を並べて宿へ帰った。




