第4話 穏やかな一日
翌朝。
「腹減った」
宿の食堂に降りてきたカケルへ、アッシュが開口一番そう言った。カケルは思わず呆れる。
「お前それしか言わないのか」
「言うぞ。腹が減っては戦はできぬ」
「今戦う予定ないだろ」
「将来戦うかもしれない」
カケルがため息を吐くと、隣でミライがくすくすと笑った。その様子にアッシュは得意げに胸を張る。
「ほら、笑顔になった」
「それ狙ってたのか?」
「今考えた」
食堂の隅では、ゼリスが静かにコーヒーを飲んでいた。穏やかな朝だった。
朝食を終えると、四人は特に目的もなく町へ出た。修行も休みで、今日は自由に過ごしていいらしい。
「暇だな」
「じゃあ修行するか?」
「忙しいな」
「暇じゃなかったのか」
カケルの突っ込みに、アッシュは聞こえないふりをした。そんな他愛もない会話をしながら町を歩いていると、不意に聞き覚えのある声が響いた。
「あっ!」
振り返ると、見覚えのある少年が立っていた。森で助けたあの子供だった。少年は一瞬目を丸くし、それから真っ直ぐにミライへ駆け出す。
「お姉ちゃん!」
驚くミライへ、少年は勢いよく抱きついた。
「お姉ちゃんだ! 本当にお姉ちゃんだ!」
ミライは目をぱちぱちさせてから、優しく笑った。
「覚えててくれたの?」
「うん! 忘れるわけないよ! お姉ちゃん強かったし!」
少年の言葉に、ミライは少し照れたように笑う。その様子を見ながら、カケルも自然と口元が緩んだ。
「良かったな」
「うん」
ミライは素直に頷いた。すると少年はカケルへ視線を移す。
「お兄ちゃんもいた」
「俺はついでなの?」
カケルが抗議すると、少年は楽しそうに笑い、今度はゼリスへ目を向けた。
「この人は?」
「私達の師匠だよ」
ミライが答えると、少年は首を傾げる。ゼリスはしゃがみ込んで少年と目線を合わせた。
「ゼリスだ。よろしくな」
少年は少し考えてから、元気よく言った。
「ゼリスおじちゃん!」
アッシュが思わず吹き出す。
「ははは! おじちゃんだってよ!」
ゼリスは一瞬言葉に詰まり、それから力なく笑った。
「おじちゃんか……ははは」
まさかの反応に、アッシュはますます笑いが止まらなくなる。少年はそんなことより、早く遊びたくてうずうずしているようだった。
「みんなで遊ぼう!」
元気いっぱいにそう言うと、気が付けば少年の友達らしい子供達も集まってきていた。口々に「誰?」「冒険者?」「剣持ってる!」と声を上げながら、子供達が四人を取り囲む。興味津々な視線に、ミライは少し困ったように笑った。
「そんなに見ても何も出ないよ?」
「お姉ちゃん強いんでしょ! この前魔物倒したって聞いた!」
どうやら少年が村中に言いふらしていたらしい。ミライは照れ臭そうに頬を掻いた。
「そんな大したことないよ」
「強かった!」
最初の少年が力強く言うと、周りの子供達も頷いた。すっかり英雄扱いだった。その様子を見ていたアッシュが前へ出る。
「おいおい、強いのはミライだけじゃないぞ?」
子供達の視線が集まると、アッシュは得意げに胸を張った。
「俺なんて――」
言いかけたところで、子供の一人が声を被せた。
「誰?」
「アッシュだ。師匠の一番弟子だぞ」
得意げに答えると、別の子供が首を傾げる。
「すごいの?」
「すごい」
即答したアッシュに、さらに問いが飛んだ。
「どれくらい?」
少し間を置いてから、アッシュは答えた。
「そこそこ」
子供達は顔を見合わせる。
「じゃああんまりってこと?」
「違う!」
アッシュが即座に否定すると、子供達の笑い声が響いた。後ろでは、ゼリスが肩を震わせている。
「師匠笑ってるだろ!」
「気のせいじゃないか?」
「絶対笑ってる!」
アッシュの抗議は誰にも届かなかった。
それからしばらく、子供達に連れられて四人は広場で遊ぶことになった。鬼ごっこ、かくれんぼ、木の棒を剣に見立てた遊び。乾いた土埃が舞い上がるたび、子供達の笑い声が弾ける。気付けば、一番本気になっていたのはアッシュだった。
「待てこら! 逃がさねぇぞ!」
「きゃー!」
子供達の笑い声が広場に響く。ミライも子供達に囲まれながら、楽しそうに笑っていた。その様子を眺めながら、カケルはぽつりと呟いた。
「平和だな」
隣ではゼリスも子供達を見ている。
「ああ。こういう時間は大事だからな」
カケルは少し意外そうな顔をした。
「意外だな」
「何が?」
「ゼリスってもっと修行しろとか言うタイプかと思ってた」
ゼリスは笑った。
「修行も大事だ。でも」
広場を走り回る子供達へ目を向ける。
「こういう時間のために強くなるんじゃないか?」
カケルは黙り込んだ。その言葉は、妙に胸の奥へ残った。ゼリスが人助けをしながら旅を続ける理由も、案外こんなところにあるのかもしれない。
やがて空が赤く染まり始め、帰る時間になった。子供達は名残惜しそうな顔をしている。
「もう帰っちゃうの?」
「ああ」
「また会える?」
ミライは優しく笑った。
「きっとね」
最初の少年が前へ出て、大きく手を振る。
「また来てね!」
「うん、またね」
ミライも手を振り返した。アッシュも片手を上げる。
「その時までにもっと強くなっとけよー!」
「アッシュお兄ちゃんもね!」
「なんだと!」
子供達が笑い、ゼリスも穏やかに笑った。
四人は夕焼けの町を歩いていく。後ろではいつまでも、子供達が手を振っていた。その光景を、カケルはずっと忘れないだろうと思った。




