第24話 交差する流星
目を覚ましたカケルは、背中に石の床の冷たさを感じた。ゆっくりと体を起こしても、薄暗い周囲に見覚えはない。
「……なんだここ」
目の前には鉄格子があり、その向こうに石造りの通路が延びている。どうやら牢屋に閉じ込められているらしい。隣には、まだ意識の戻らないアッシュが倒れていた。
「アッシュ、起きて!」
カケルが肩を揺すると、アッシュはうっすらと目を開けた。
「ん……なんだよ……」
「起きて。大変なことになってる」
アッシュは眠そうに体を起こし、周囲を見渡した。
「……は? なんでこんなところに閉じ込められてるんだ?」
「俺にも分からない。確か、領主の館で宴に参加してて……」
宴の席で、冒険者たちが次々と眠り込んでいた。アッシュもミライも眠気を訴え、自分も立ち上がった途端に体の力が抜けた。記憶はそこで途切れている。
腰に手を伸ばす。いつもあるはずの剣がない。
「剣がない!」
「武器を取り上げられたのか……」
アッシュは立ち上がり、鉄格子へ歩み寄った。
「とりあえずここ出ようぜ」
「でも、どうやって?」
「こうするんだよ!」
アッシュは拳を握り、目の前の鉄格子を思い切り殴りつけた。激しい音とともに鉄格子が砕け、鉄棒が床に転がった。
「よし!」
アッシュは壊れた鉄格子の間をくぐり、牢屋の外へ出た。
「さすがアッシュ」
「へへっ。でも、リースとミライはどこにいんだろうな」
続いて牢屋を出たカケルは、通路の左右を見渡した。
「二人とも、俺たちみたいに閉じ込められてるんじゃ……」
突然、通路の奥から何かが爆ぜるような音が響いた。
「なんだ?」
アッシュが音のした方へ顔を向けた。カケルもそちらを振り返る。
「行ってみよう!」
二人は通路を駆け出した。やがて前方に壊れた鉄格子が見え、その向こうにミライとリースの姿を見つけた。
「ミライ! リース!」
「カケル!」
「二人とも無事だったか!」
アッシュが声を上げると、ミライとリースもこちらへ駆け寄ってきた。カケルは壊れた鉄格子に目を向けた。
「もしかして、これリースが魔法で?」
「ま、まぁね!」
リースは胸を張ってみせた。
「この前まで魔法使えなかったのに、すげぇじゃねぇか!」
アッシュが感心した声を上げると、リースの得意げな顔に、かすかな苦笑いが混じった。
そのとき、通路の奥から足音が近づいてきた。現れたのは、小柄な鬼のような魔物三体だった。それぞれ粗末な鈍器を手にしている。先ほどの爆発音を聞きつけたのだろう。
「魔物!?」
ミライが驚きの声を上げた。
「わけが分からねぇが、こいつらを倒さなきゃいけねぇのは確かみたいだな」
アッシュが拳を構える。カケルは床に転がっていた鉄棒を拾い上げ、ミライとリースも同じように鉄棒を拾って身構えた。
魔物たちは鈍器を振り上げ、一斉に襲いかかってきた。カケルは先頭の一体の攻撃を鉄棒で受け止め、横へ押し流した。魔物が体勢を崩したところへ踏み込み、無防備な胴体に鉄棒を叩きつける。うめき声とともに、その体が床へ崩れ落ちた。
一方、ミライは迫ってきた魔物の鈍器を素早くかわした。
「リース!」
「分かってる!」
二人が左右から同時に鉄棒を振り下ろすと、魔物はそのまま床に崩れ落ちた。残った一体がアッシュへ鈍器を振り下ろす。
「そんなもん!」
アッシュは振り下ろされた鈍器を拳で殴りつけた。鈍い音とともに鈍器が砕け、魔物がひるむ。その隙を逃さず、反対の拳を突き出した。
「おらぁ!」
正面から一撃を受けた魔物は後方へ吹き飛び、そのまま動かなくなった。
「それにしても、なんで私たち、こんなところにいるんだろう……」
ミライが不安そうに周囲を見渡した。
「ほかの人たちも、ここにいるのかな」
リースの言葉に、カケルは通路の奥へ目を向けた。
「奥に行ってみよう」
四人は曲がりくねった通路を進んだ。先は見通せず、いくつか角を曲がったところで、ようやく広間へ出た。
「ここは……」
奥に並ぶ牢屋を見て、カケルは足を止めた。鉄格子の向こうには、大勢の冒険者たちが倒れている。誰も身じろぎせず、まだ意識が戻っていないようだった。
「みんな、ここに閉じ込められてたんだ……」
ミライが呟く。
そのとき、四人は牢屋の前に立っている人物に気づいた。
領主だった。
「何がどうなってるんだ……」
アッシュが困惑したように声を漏らす。領主はこちらに気づくと、ゆっくりと振り返った。
「なんだ、お前ら。出てきてしまったのか」
その声に、宴の席で聞いた穏やかさはなかった。カケルは目の前の男を見つめた。顔は同じなのに、まるで別人と向き合っているようだった。
「何故その人たちを!」
カケルが問い詰めると、領主は鼻で笑った。
「ふん。冒険者から生命力や魔力を吸い取るのさ。私が強くなるためにな」
「生命力や魔力を……?」
カケルが言葉を失っている間に、領主の肌の色が変わり始めた。両目には赤い光が宿り、四人を見据える。
「魔族……」
ミライが小さく呟いた。
「あのまま寝ていれば、もう少し長生きできたものを」
魔族は四人を見渡し、嘲るように笑った。
「お前らは弱そうだからな。力を吸い取るまでもないと思って、後で殺してやるつもりだったのに」
カケルは剣のない腰へ思わず手を伸ばした。そのとき、ミライがそっと近づいてきた。
「カケル」
ミライに小声で呼ばれ、カケルはその視線を追った。牢屋の前に武器がまとめて置かれている。奪われた自分たちの武器も、その中にあった。
「あんなところに……」
カケルの呟きに、アッシュもそちらへ目を向けた。
「俺が気を引いておく。その間に取りに行け」
「でも……」
「任せろって」
こんな状況でも、アッシュの笑みはいつもと変わらなかった。カケルは一度頷き、武器の置かれた場所へ目を戻した。
「……頼んだよ」
「何をこそこそやっている」
魔族が不機嫌そうに声を上げた。アッシュは一歩前へ出ると、挑発するように笑った。
「あんまりにもお前が弱そうだったから、どうしようかなと思ってな」
「なに? 人間のくせに私を愚弄する気か!」
「いいからさっさとかかってこいよ。それとも俺が怖いのか?」
「貴様!」
魔族の両手から長い爪が伸びた。怒りに顔を歪め、その爪を振り上げてアッシュへ飛びかかる。
「今だ、行け!」
「すぐ戻るわ!」
リースが答え、カケルとミライとともに牢屋の方へ走り出した。
アッシュは身をひねり、振り下ろされた爪をかわした。鋭い爪が床を打ち、激しい音が響く。
「下等種族の人間ごときが、私に生意気な口を利きおって!」
魔族が再び爪を振るう。アッシュは後ろへ下がってかわしながら、笑みを浮かべた。
「怒んなよ。それとも図星だったのか?」
「殺してやる!」
魔族は爪を振り回し、アッシュはそれをかわしながら挑発を続けた。だが、攻撃を重ねるうちに、魔族は少しずつ冷静さを取り戻していった。周囲へ視線を走らせると、アッシュ以外の三人の姿がない。
「……他の奴らは?」
魔族が牢屋の方へ目を向けると、そこには置かれていた武器へ手を伸ばすカケルたちの姿があった。
「させるか!」
魔族は目の前のアッシュを蹴り飛ばした。
「ぐっ!」
アッシュは後方へ吹き飛ばされ、床を転がった。膝をついて身を起こす間に、魔族はカケルたちへ向かって跳び、長い爪を振り上げた。
「死ね!」
振り下ろされた爪を、カケルは取り戻した剣で受け止めた。
「何っ!?」
魔族が目を見開く。カケルは剣を振り、爪を払いのけた。
「くそが!」
後方へ飛び退いた魔族へ、ミライが追い打ちに斬りかかった。魔族は跳び上がって剣をかわし、着地して二人を睨みつける。視界の端にはアッシュもいる。だが、もう一人の姿が見えなかった。
「……一人、いない?」
「こっちよ!」
背後からリースの声が響いた。魔族が振り返ろうとした、その瞬間。
「エクスプロージョン!」
魔族の背中で激しい爆発が起こった。
「ぐああっ!」
爆発に吹き飛ばされ、魔族は床へ叩きつけられた。震える腕で体を支え、立ち上がろうとする。その隙に、カケルとミライが左右から迫った。
「いくぞ、ミライ!」
「うん!」
二人は左右から同時に踏み込んだ。
「「流星十字剣!」」
カケルとミライの技が魔族の体で交差する。
「がっ……!」
魔族は床に崩れ落ち、動かなくなった。
「よっしゃ!」
アッシュが拳を突き上げた。
「早くみんなを助けないと!」
四人は牢屋へ駆け寄った。カケルが壁に掛けられた鍵束で扉を開けると、ほかの三人が中へ入り、倒れている冒険者たちへ呼びかけた。残る扉も開け終え、カケルも手近な牢屋へ入る。
「大丈夫?」
倒れていた冒険者のそばに膝をつき、その肩を揺すった。
「ねぇ、起きなさいよ!」
リースも別の冒険者へ呼びかける。
しばらくすると、冒険者たちは少しずつ意識を取り戻し始めた。
「う……ここは……」
「俺たち、何を……」
戸惑いながらも言葉を交わす冒険者たちを見て、カケルはひとまず胸をなで下ろした。
「本物の領主様はどこ?」
ミライが周囲を見渡した。
「あそこ!」
リースが広間の奥を指さした。そこには、さらに奥へと続く扉があった。
◇ ◇ ◇
薄暗い牢屋の中で、一人の男が椅子に縛りつけられていた。
「あいつは私に姿を変えて、何をするつもりなんだ……」
男は苦しげに呟いた。
「街は大丈夫なのだろうか……」
ここへ閉じ込められてから、外で何が起きているのか何も分からない。ただ、自分の姿に化けたあの魔族が、何か恐ろしいことを企んでいるのは間違いなかった。
そのとき、遠くから足音が聞こえてきた。誰かがこちらへ近づいてくる。
「……またあいつか」
男の表情が強張った。
「今度は何をする気なんだ……。また暴行を受けるのだろうか……」
足音が牢屋の前で止まり、男は恐る恐る顔を上げた。身構える彼に、少年が声をかけた。
「大丈夫ですか?」




