第22話 アルトの街
丘を下るにつれて、アルトの街並みが次第にはっきりと見えてきた。街道の先には赤茶色の屋根が幾重にも連なり、その間を縫うように幅の広い通りが延びている。道沿いには建物が軒を連ね、通りには荷車や行き交う人々の姿が見えた。遠目にも、街のざわめきが伝わってくるようだった。
「大きい街だなぁ」
カケルは思わず足を緩め、目の前に広がる街並みを眺めた。
「温泉街とは全然違うね」
ミライも、どこまでも続く屋根の波に目を向けている。
「これだけ大きな街なら、いろんな人が集まっていそうね」
リースの言葉に頷き、四人は街道を進んでアルトの街へ入った。
大通りには露店が所狭しと並び、色鮮やかな果物や焼きたてのパンが店先を飾っている。値段を交渉する商人たちの声に馬車の車輪の音が重なり、通りには人の気配が途切れることなく満ちていた。少し離れた広場では子供たちが追いかけっこに興じ、巡回中の衛兵が穏やかな表情でその様子を見守っている。
「活気があっていい街だね」
ミライが楽しそうに辺りを見回した。カケルも通りへ目を走らせたが、少なくとも、街の様子に異変の兆しは見られなかった。
「じゃあ、まずは宿を決めようか」
カケルがそう切り出すと、リースも頷いた。
「そうね。荷物を置いてから街を見て回りましょう」
四人は大通りを進み、ほどなくして一軒の宿を見つけた。部屋に荷物を置くと、遅めの昼食を取るために一階の食堂へ向かった。食堂では旅人や商人たちが食事をしながら思い思いに言葉を交わしている。
椅子に腰を下ろしたアッシュが、大きく息をついた。
「ふう、疲れた」
「少し休んだら、街でも話を聞いて回ろうか」
カケルは食堂に集まった客たちへ目を向けた。商人や冒険者の多いこの場所なら、何か手掛かりが得られるかもしれない。
そのとき、隣のテーブルにいた男たちの会話が耳に留まった。
「そういや、明日は領主様が広場で話をするらしいな」
「ああ。最近、街の外で魔物が増えてるって噂だろ? その話じゃないかって皆言ってるよ」
カケルは隣のテーブルへ顔を向けた。
「すみません。今の話、少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
声を掛けられた商人風の男は、気さくに応じた。
「ああ、構わないよ。場所は中央広場だ。何を話すかまでは知らないけど、あの方は何かあると、こうして皆に説明してくださるんだよ」
その口ぶりには、領主への信頼が滲んでいた。
「それなら、俺たちも聞きに行ってみようか」
カケルが三人へ視線を向けると、ミライがすぐに頷いた。
「うん。何か分かるかもしれないし」
「私も賛成よ」
「じゃあ、明日は広場だな」
アッシュの言葉で予定が決まると、四人は運ばれてきた料理を囲んだ。食堂には旅人たちの話し声が絶えず響いていたが、それを聞き流しながら食事を楽しむうちに、旅の疲れも少しずつ和らいでいった。
その後は街を歩き、商人や冒険者から話を聞いて回った。しかし、聞けたのは魔物が増えているという噂ばかりで、確かな手掛かりは得られなかった。やがて日が傾き、通りに夕暮れの色が差し始めると、四人は宿へ戻り、翌日の演説に備えて休むことにした。
翌朝、四人が宿の食堂へ降りると、すでに多くの宿泊客が集まっていた。朝食を囲む人々の会話には、何度も領主の名が上がっている。どうやら今日の演説は、街の人々にとっても大きな関心事らしい。
「やっぱり、みんな演説を聞きに行くのかな」
ミライが周囲を見回しながら尋ねた。
「そうみたいだね」
カケルは人々の会話に耳を傾けながら答えた。
朝食を終えると、四人は宿を出て中央広場へ向かった。大通りでは商人たちが店を開く準備を進め、荷車が次々と行き交っている。その一方で、通りのあちこちには巡回する衛兵の姿も見られた。広場へ続く道には、同じ方向へ歩く人々の流れができていた。家族連れ、仕事着のままの職人、武器を携えた冒険者。顔ぶれは様々だが、交わされる会話の多くはこれから始まる演説のことだった。
「昨日より人が多いね」
ミライが辺りを見渡した。
「街中から集まってきてるのかもしれないな」
カケルの言葉どおり、広場に近づくほど人の数は増えていった。
中央広場にはすでに大勢の住民や冒険者が詰めかけていた。広場の奥には壇が設けられている。四人も人の流れに従って広場へ入り、壇上が見える場所に立った。
「こんなに人がいるとは思わなかったぜ」
アッシュが周囲を見回す。
カケルも広場を見やった。不安そうな表情を浮かべる者もいれば、知り合い同士で言葉を交わしながら領主の登場を待つ者もいる。
やがて広場の奥がにわかに騒がしくなり、壇上に上質な外套をまとったアルトの領主が姿を現した。領主は集まった人々をゆっくりと見渡し、壇上の中央へ進んで静かに一礼する。広場のあちこちから歓声と拍手が湧き起こった。多くの人々が、領主へ期待の眼差しを向けている。
「皆、集まってくれてありがとう」
領主が穏やかな声で語り始めると、広場は次第に静まっていった。
「早速、本題に入ろう。数日前から、アルト近郊で魔物の目撃情報が相次いでいる。調査の結果、百体ほどの魔物が群れをなして行動していることが確認された」
人々の間に緊張が走る。
「今のところ大きな被害は出ていない。しかし、群れは街道へ近づきつつある。このまま放置すれば、街道を行き交う商人や旅人、そしてこの街で暮らす皆にも危険が及ぶかもしれない。私は、皆の平穏な日々を守りたい。そのために、討伐隊を編成することを決めた」
広場にざわめきが広がる。
「すでに衛兵たちには準備を進めてもらっている。だが、街の守りを疎かにするわけにもいかない。そこで、腕に覚えのある冒険者たちにも力を貸してほしいと考えている」
領主は広場に集まった冒険者たちへ目を向けた。
「もちろん、参加を強制するつもりはない。家族を守り、日々の仕事を続けることも、この街を支える大切な役目だ。それでも共に戦ってくれる者がいるなら、心から感謝したい。討伐に参加した者には、その働きに応じた報酬を約束しよう」
冒険者たちの間から、期待を含んだどよめきが起こった。
「討伐隊は本日正午に出発する。参加を希望する者は、それまでに街の東側にある広場へ集まってほしい」
領主は壇上から深く頭を下げた。
「どうか、この街に力を貸してほしい」
一瞬の静寂のあと、大きな拍手が広場を包んだ。
演説が終わると、広場には再び人々の話し声が戻ってきた。冒険者たちは仲間同士で討伐や報酬について言葉を交わし、やがてそれぞれ広場を離れていく。
「俺も参加するぞ」
「領主様が困ってるなら、力を貸さないとな」
そんな声が、あちこちから聞こえてきた。
カケルは人々の様子を見つめたあと、三人へ振り返った。
「俺たちも参加しないか?」
ミライは迷わず頷いた。
「うん。困っている人たちを放っておけないもんね」
「私も賛成よ」
「報酬も出るんだろ? 旅を続けるには金も必要だしな」
アッシュの現実的な言葉に、カケルは苦笑して応じた。
「それもそうだね」
その様子にミライが微笑んだ。
「じゃあ、決まりだね」
「正午まではまだ時間がある。装備を確認してから東の広場へ向かおう」
四人は広場を後にした。通りには相変わらず賑わいが広がっているが、行き交う人々の会話には、先ほどの演説の話題が混じっていた。
百体ほどの魔物が群れをなしている。カケルはその規模を改めて思い、これからの討伐に気を引き締めた。
カケルたちは装備を整えるため、宿への道を急いだ。




