第21話 小さなお守り
「腹減ってきたなぁ」
街道を歩いていたアッシュが、不意に腹をさすった。
「朝ご飯、あんなに食べてたじゃない」
隣を歩くリースが呆れ顔で言うと、アッシュは悪びれる様子もなく肩をすくめた。
「歩いてりゃ腹も減るんだよ。旅は体力勝負だからな」
「それ、ただ食べたいだけでしょ」
「お前、言うようになったな」
「誰かさんが騒がしいからね」
得意げに笑うリースを見て、アッシュもつられるように口元を緩めた。二人の軽口を聞いていたカケルとミライも、顔を見合わせて笑う。
リースが旅に加わってから、まだそれほど時間は経っていない。それでも、こうして四人で歩くことが、すでに当たり前になりつつあった。
街道を進むうち、前方の空に白い湯気が立ち上っているのが見えてきた。
「あれが温泉街?」
リースが足を止め、遠くを見つめる。
「たぶんそうだね」
カケルが答えると、リースは小さく頷いて再び歩き出した。
街へ近づくにつれて、道沿いには旅籠や土産物屋が増え、行き交う人の数も多くなっていった。石畳の通りには露店が軒を連ね、あちこちで上がる湯気に混じって、肉や魚を焼く香ばしい匂いが漂ってくる。
「へぇ、思ってたより賑やかだな!」
アッシュは目を輝かせながら、通りの先まで見渡した。
「いろんな土地から旅人や冒険者が集まるみたいだね」
ミライの言うとおり、通りには旅装の者が多く、荷を積んだ馬車も何台か通っていた。
「だったら、何か手掛かりが見つかるかもしれないわね」
「うん。まずは宿を探そう。それから街を回ってみようか」
カケルがそう言うと、アッシュは待っていたとばかりに声を弾ませた。
「おう! ついでに美味いもんも探そうぜ!」
「また食べる話?」
リースがじとりと目を向けても、アッシュはそれがどうしたと言わんばかりに胸を張った。
四人は通りを進み、手頃な宿を見つけて荷物を預けた。身軽になってから改めて街へ出ると、冒険者や商人を見つけては声を掛け、最近起きた妙な出来事や、普段見かけない魔物について尋ねて回る。しかし、何人に聞いても心当たりはないという返事ばかりだった。
「なかなか見つからないね」
また一人、冒険者と別れたところで、カケルが苦笑する。
「やっぱそう簡単にはいかねぇよな」
アッシュも小さく息をついた。人の集まる街なら何か分かるかもしれないと期待していたが、そう都合よくはいかないらしい。
それでも四人は通りを歩き続けた。やがて、店が立ち並ぶ一角に差しかかったとき、ミライが小さな雑貨屋の前で足を緩めた。店先には木彫りの小物や色鮮やかな髪飾りが並び、窓辺の硝子細工が陽の光を受けて淡くきらめいている。
「ねえ、リース。ちょっと見ていかない?」
声を掛けられたリースは、店先の品々へ目を向けた。
「うん。行ってみたい」
カケルとアッシュに外で待っていてもらい、二人は店の中へ入った。店内には、髪飾りや小さな置物、細工の施された箱などが所狭しと並んでいた。リースは棚に近づいては足を止め、目に留まった品をじっくりと眺めている。どれも見慣れないものばかりなのか、奥へ進むにつれて、その表情はますます楽しげになっていった。
「こういうお店、好き?」
隣からミライに尋ねられ、リースは少しはにかんで笑った。
「うん。でも、こんなふうにゆっくり見て回るのは初めてかも」
「そうなの?」
「孤児院にいた頃は、必要な物を買いに行くことはあったけど、自分のために何かを選ぶことなんて、ほとんどなかったから」
そう言って、リースは棚の小物へ視線を戻した。限られたお金で必要な物だけを選び、用事が済めばすぐに帰る。そんな買い物しか知らなかったリースにとって、目的もなく棚の間を歩く時間は、それだけで特別なものに感じられた。
「じゃあ、今日はゆっくり見ようよ」
ミライが微笑むと、リースも嬉しそうに頷いた。二人は棚から棚へと移りながら、気になった小物を手に取っては感想を言い合う。ミライが変わった形の置物を見つければリースも覗き込み、リースが硝子細工に見入っていれば、ミライも隣に立った。
やがて、ミライが小さな花を模した髪飾りを手に取った。
「これ、リースに似合いそう」
「えっ、私に?」
「うん。きっと似合うよ」
リースは差し出された髪飾りを見つめ、戸惑ったように小さく笑った。
それからもしばらく店内を見て回っていたが、ふと、棚の片隅に置かれた小さなお守りがリースの目に留まった。手に取って眺めてから、そっと掌の上に載せる。少し迷った末に、リースはそれを買うことにした。
店を出ると、カケルとアッシュが近くで待っていた。
「お待たせ!」
ミライが声を掛けると、カケルは二人の顔を見比べて笑った。
「ずいぶん楽しそうだったね」
「うん。いろんな物があって面白かったわね」
リースの表情は、店に入る前よりもずっと晴れやかだった。
「何か買ったのか?」
アッシュが尋ねると、リースは手にしていた小さな包みをさっと背中に隠した。
「秘密」
「なんだよ、教えてくれてもいいだろ」
「そのうち分かるわよ」
そう言って先に歩き出すリースを、アッシュは不思議そうに見送った。
その後も四人は街を歩き、商人や冒険者から話を聞いて回った。だが、これといった手掛かりは得られず、気づけば通りには夕暮れの色が差し始めていた。
宿へ戻った四人は、温泉で旅の疲れを癒やしてから食堂に集まった。
「はぁ、いい湯だったな!」
席に着くなり、アッシュが満足そうな声を上げた。
「歩き疲れた身体にはありがたいね」
カケルも同感だった。湯に浸かっている間は、昼間の聞き込みが空振りに終わったことも、しばし忘れられた気がする。
「温泉って、こんなに気持ちいいのね」
リースもすっかり気に入ったらしく、まだ名残惜しそうにしている。
「また来たいね」
ミライがそう言うと、リースは頬を緩めて頷いた。
四人が温泉の話で盛り上がっていると、料理を運んできた宿の主人が声を掛けてきた。
「どうだい、温泉は気に入ったかい?」
「はい。とても気持ちよかったです」
カケルは笑顔で答えたあと、ふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、少しお聞きしたいことがあるんですが」
「ん、何だい?」
カケルは、最近起きた妙な出来事や魔物の噂を調べていることを説明した。主人は話を聞き終えると、腕を組んで考え込んだ。
「妙な出来事に、見慣れない魔物か……。この辺りじゃ、そんな話は聞かないねぇ」
やはりここでも駄目かとカケルが思いかけたとき、主人が何かに思い当たった様子で顔を上げた。
「そういえば、最近アルトの街へ向かう冒険者が増えてるね」
「アルト?」
カケルが聞き返すと、主人は頷いた。
「ああ。ここから北東にある大きな街さ。詳しいことは知らないけど、何かを調べに行くって話を何度か聞いたよ」
四人は顔を見合わせた。何を調べているのかまでは分からないが、ほかに手掛かりのない今は、気になる話だった。
「何か手掛かりがあるかもしれないね」
ミライの言葉に、カケルも頷く。
「うん。ほかに情報もないし、次はアルトへ行ってみよう」
次の目的地が決まると、四人は並んだ料理を囲み、温かな食事を楽しんだ。
食事を終え、それぞれの部屋へ戻ろうとしたときだった。
「アッシュ」
背後から呼び止められ、アッシュが振り返る。そこには、昼間に背中へ隠していたあの小さな包みを手にしたリースが立っていた。
「ん、どうした?」
「これ、あげる」
差し出された包みを見て、アッシュは目を丸くした。
「俺に?」
「そうよ。前に人さらいなんて言っちゃったから、そのお詫び」
リースは少し照れくさそうに視線を逸らした。
アッシュが包みを開くと、中には小さなお守りが入っていた。掌に載せて眺めてみると、旅の荷物に加えても邪魔にならないほどの大きさだった。
「へぇ、いいじゃねぇか」
思いがけない贈り物に、アッシュの顔がほころぶ。
「ありがとな」
「別に大した物じゃないわよ」
素っ気ない返事とは裏腹に、リースはどこか落ち着かない様子だった。それを見たアッシュは、悪戯っぽく口元を緩める。
「なんだよ。もしかして俺のこと好きなのか?」
「ち、違うわよ! お詫びだって言ってるでしょ!」
「ははっ、分かってるって」
アッシュが楽しそうに笑うと、リースはぷいと顔を背けた。
「もう、知らない!」
そのまま足早に立ち去るリースを見送り、アッシュは手の中のお守りにもう一度目を落とした。先ほどまでのからかうような笑みは、いつの間にか穏やかなものに変わっていた。
そっと握り直すと、大切そうにしまい込んだ。
翌朝、朝食を終えた四人は宿の主人に礼を告げ、温泉街を後にした。朝の陽射しが街道を照らし、草原を渡る風が四人の間を吹き抜けていく。
カケルたちは新たな手掛かりを求め、アルトの街へ向かって歩き出した。




