第20話 新たな一歩
夕食を終えた子供たちは満足そうに食堂を後にし、それぞれ寝る支度を始めていた。先ほどまで賑やかだった食堂には静けさが戻り、残ったカケルたちとリースの笑い声だけが響いていた。窓の外には、満天の星空が広がっていた。
食後のお茶を飲みながら、カケルたちはリースと他愛のない話に花を咲かせていた。
「それで、その魔物がいきなり飛び出してきたんだよ」
「えっ、いきなり?」
カケルの話に、リースは目を丸くした。
「うん。あのときは本当に驚いたよ」
「ははっ、カケルの顔、すげぇ面白かったぞ!」
「アッシュ、余計なこと言わなくていいから!」
アッシュが豪快に笑い、カケルが慌てて言い返した。そのやり取りを見て、ミライもリースも思わず笑った。
「ははっ、みんな本当に仲がいいのね」
「まあな。こいつらといると退屈しねぇからな!」
アッシュは得意げに胸を張った。
「それ、アッシュが一番騒がしいからじゃない?」
「どういう意味だよそれ!」
ミライの言葉にアッシュが声を上げ、再び笑いが起こった。リースも楽しそうに笑っていた。三人と話していると次から次へと話題が湧いてきて、時間が経つのも忘れてしまいそうだった。
寝る支度に向かう途中の子供の一人が足を止め、少し離れた場所からその様子を眺めていた院長に話しかける。
「ねえ、院長先生」
「ん? どうしたの?」
「リースお姉ちゃん、楽しそうだね!」
院長はリースたちに目を向け、穏やかに微笑んだ。
「そうだね」
そう答えながら、院長は三人と笑い合うリースの姿をしばらく静かに見つめていた。
翌朝、朝食を終えたカケルたちは旅支度を整え、孤児院の前に立っていた。見送りに来たリースが三人の前まで歩み寄る。
「みんな、子供たちを助けてくれて本当にありがとう」
リースは三人に向かって、優しく微笑んだ。
「うん、元気でね」
ミライが笑顔で手を振ると、子供たちも元気よく声を上げた。
「アッシュ、また遊びに来てね!」
「おう! もちろんだ!」
アッシュは大きく手を振り返した。
「じゃあ、また」
カケルも別れを告げ、三人は街道へと歩き出した。リースはその場に立ったまま、遠ざかっていく三人の背中を見つめていた。やがて、一人の子供が不思議そうにリースの顔を覗き込む。
「リースお姉ちゃん、なんでそんな顔してるの?」
「え……?」
子供に言われて初めて、リースは自分の表情が曇っていたことに気づいた。三人の背中が遠ざかるにつれて、いつの間にか寂しさが胸に広がっていたのだ。昨夜、食堂でカケルたちと笑い合った時間が脳裏に蘇った。三人の旅の話に夢中になり、気づけば時間を忘れていた。あの楽しい時間が、もう少し続けばよかったのに。そんな思いが胸をよぎり、リースは小さく首を振った。
それから、心配そうに見上げてくる子供へ笑顔を作った。
「なんでもないよ。私はいつも通り元気だから」
「でも、あの三人と話してるとき、すごく楽しそうだったよ?」
子供の言葉に、リースはすぐには答えられなかった。少しの沈黙のあと、背後から穏やかな声がかかった。
「行ってきなさい」
思いがけない言葉に振り返ると、そこには優しい眼差しを向ける院長が立っていた。
「ついて行きたいんでしょう?」
「な、何言ってるの? この子たちには私が必要なんだから」
リースは慌てて答えるが、その声にはどこか迷いが滲んでいた。
「ここは私がいるから大丈夫」
院長は優しく微笑んだ。
「あなたは今まで、この子たちのために十分頑張ってきました。だから今度は、自分のために一歩踏み出してもいいんですよ」
リースは言葉を失ったまま、院長の顔を見返した。院長は静かに子供たちへ視線を移した。浮かんだ笑みは優しかったが、その奥には隠しきれない寂しさがにじんでいた。つられるようにリースも子供たちへ目を向けた。
誰も泣いてはいなかった。
子供たちは皆、背中を押すような笑顔でリースを見ていた。
「行ってきて!」
「また帰ってきてね!」
その声を聞いた瞬間、リースの胸に熱いものが込み上げる。ここを離れることへの寂しさも、子供たちと離れがたい気持ちも、今なお変わらない。それでも、カケルたちと一緒に旅をして、まだ知らない世界を見てみたいという思いが、いつの間にか胸の奥に芽生えていた。リースはもう、その気持ちを否定することができなかった。
リースはこぼれそうな涙をこらえ、子供たちに笑顔で応えた。
「うん。また絶対みんなに会いに来るからね!」
大きく手を振り返すと、リースは勢いよく踵を返し、街道の先を歩く三人を追いかけた。
「待って!」
その声に、三人が一斉に振り返った。リースは息を切らして追いつくと、肩で息をしながらも腕を組んだ。
「し、仕方ないから、ついて行ってあげることにしたわよ!」
アッシュがにやりと口の端を上げた。
「素直じゃねぇな。可愛くねぇ」
「よろしくね、リース」
ミライが楽しそうに笑った。
「うん!」
リースは照れ隠しも忘れ、満面の笑みで頷いた。その笑顔を見て、カケルも自然と頬を緩める。
「明日から賑やかになるな」
朝日に照らされた街道を、四人は並んで歩き出した。リースは一度だけ振り返り、遠ざかる孤児院をじっと見つめた。そして再び前を向くと、並んで歩く三人に笑顔を向けた。




