第17話 魔法使いの少女
王都を出発してから、数日が過ぎた。
カケル達は次の街へ続く街道を歩いていた。空は高く、風は穏やかで、道の両脇では背の低い草が揺れている。
「平和だなぁ」
アッシュが大きく伸びをした。
「アッシュ、教団を追う旅だってこと忘れてないか?」
カケルが呆れたように言うと、アッシュは空を見上げながら肩を竦めた。
「忘れてねぇよ。ただ最近色々ありすぎたからな。少しくらい平和を満喫したっていいだろ」
「それもそうね」
ミライも小さく頷いた。
ゼリスを失ってから、三人で他愛のない話をすることも減っていた。アッシュのいつもの調子に、ミライの表情がわずかに緩む。
しばらく歩くと街の門が見えてきて、三人はそれをくぐり街へ足を踏み入れた。通りには商人の声が飛び交い、子供達が元気よく走り回っている。王都ほど大きくはないが人の往来は多く、旅人や冒険者らしき姿も見えた。
そんな中、アッシュがふと足を止めた。
「ん?」
視線の先には、数人の子供達を連れた少女がいた。子供達の歩幅に合わせて通りを歩いていた少女は、こちらを見るなりぴたりと足を止め、表情を変えた。
「あんた……人攫いじゃないでしょうね?」
アッシュが目を見開く。
「ああ!? なんでだよ! いきなり失礼なやつだな! 俺のどこが人攫いに見えるってんだ!」
少女はアッシュを頭の先から足元まで眺めた。
「……全部」
「あんだと!?」
アッシュが一歩前へ出ると、カケルは慌ててその肩を掴んだ。
「アッシュ、落ち着けって!」
するとミライが、真面目な顔で少女へ向き直った。
「大丈夫よ。アッシュはちょっとチャラチャラしてて、女の子が大好きで、たまに警戒されるようなことするけど、怪しい人じゃないよ」
少女の視線がさらに冷たくなった。子供達も不安そうに少女の後ろへ隠れる。
「リースお姉ちゃん……」
「ミライ、それフォローになってない」
カケルが思わず突っ込んだ。
「これだから男は。行こう、みんな」
少女は子供達を連れて去っていく。子供達は何度かこちらを振り返っていたが、少女に手を引かれると、そのまま歩いていった。
「くっそ、あの女!」
アッシュは悔しそうに拳を握った。
◇
街の中心部から離れた貴族街。その一角に建つ屋敷の庭に、一人の少女が立っていた。
先ほど、子供達を連れていた少女――リースだった。
「はっ!」
右手を前へ突き出すと、掌に集まった魔力が淡い光を放つ。だが、形を成すより先に揺らぎ、次の瞬間には小さな煙となって消えた。
「また失敗か。本当に役立たずだな」
傍らで見ていた中年の男が、深いため息を吐いた。リースは悔しそうに唇を噛む。
「次はできるわ」
「その言葉は何度聞いたか分からんな」
男は冷たく言い放った。
「かなりの潜在魔力を持つと聞いて、わざわざ孤児院から引き取ってやったというのに」
リースは何も言い返さなかった。反論したところで、返ってくる言葉は分かっている。掌に残るわずかな熱を握り潰すように拳を閉じ、俯いた。
訓練を終えて屋敷の外へ出ると、門の近くで数人の子供達が待っていた。
「リースお姉ちゃん!」
その声を聞いた途端、リースの表情がわずかに和らいだ。
「また来たの?」
「遊ぼう!」
「少しだけよ」
子供達は歓声を上げると、リースの手を引いて広場へ駆け出した。
「ちょっと、引っ張らないで!」
そう言いながらも、リースの足取りは軽い。
「捕まえられるもんなら捕まえてみろー!」
男の子が元気よく走り出す。
「こら、待ちなさい!」
リースもその後を追いかけ、逃げ回る子供達に文句を言いながら、時にはわざと捕まえ損ねてやった。広場には、子供達の笑い声が絶え間なく響いていた。
やがて、小さな女の子が足をもつれさせて転んだ。
「いたた……」
リースはすぐに駆け寄り、その子を抱き起こす。
「ほら、大丈夫?」
膝についた土を払い、頭を撫でると、女の子は涙目のまま嬉しそうに笑った。
「えへへ」
「リースお姉ちゃん、魔法できた?」
別の子供が尋ねた。
リースは一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐに胸を張る。
「今日はたまたま失敗したけど、いつもは完璧なんだから」
「でも、リースお姉ちゃんなら大丈夫!」
無邪気な笑顔に、リースは少しだけ目を丸くした。すると、胸の奥に残っていた重たいものが、ほんの少しだけ軽くなった。
「……ありがと」
その声は小さかったが、子供達にはちゃんと届いたらしく、何人かが嬉しそうに笑った。
ひとしきり遊んだあと、リースは子供達と一緒に孤児院へ向かった。建物は古く、壁もところどころ傷んでいたが、庭には洗濯物が揺れ、窓の向こうからは子供達の声が聞こえてくる。
「また来たのかい」
院長が穏やかに笑った。
「この子達が、私と遊びたくてどーしても! って言うから」
「リースお姉ちゃんもしっかり楽しんでたくせに」
子供達が口々に言うと、リースは顔を赤くした。院長はそんな様子を見ながら目を細める。
「昔から変わらないねぇ」
「何がよ」
「自分では気付いてないだろうけど、この子達はみんなリースのことが大好きなんだよ」
「何言ってるの。この子達が私のこと大好きなんて、知ってるに決まってるでしょ」
リースはふいと視線を逸らした。
「リースお姉ちゃん!」
「遊んで!」
「見て見て!」
子供達が次々とまとわりついてくる。
「もう、分かったから!」
口ではそう言いながらも、リースは笑っていた。
それからもしばらく、リースは孤児院で子供達と過ごした。
「リースお姉ちゃん、もう一回遊びに行ってくる!」
「暗くなる前には戻ってきなさいよ」
「はーい!」
子供達は元気よく返事をすると、連れ立って孤児院を飛び出していった。
やがて日が傾き、騒がしかった院内にも夕食の匂いが漂い始める。
そんな中、院長が窓の外へ目を向けた。
「遅いねぇ……」
「どうしたの?」
「外へ遊びに行った子達が、まだ誰も帰ってきてないんだよ」
リースも窓の外を見る。いつもなら、とっくに戻ってきている時間だった。
「どこに遊びに行ったか分かる?」
「広場のほうだと思うんだけどねぇ」
「私、ちょっと見てくる」
リースが立ち上がった、そのときだった。
「リースお姉ちゃん、大変!」
一人の子供が息を切らして駆け込んできた。
「どうしたの?」
「みんな、いなくなっちゃったの! トイレから戻ったら誰もいなくて……探したけど、どこにもいないの!」
リースの表情が変わった。
すぐに孤児院を飛び出し、市場、広場、路地裏、子供達がよく遊ぶ空き地と、心当たりのある場所を片っ端から回る。すれ違う人にも声を掛けたが、手掛かりは見つからなかった。
その途中、街を歩いていたカケル達と鉢合わせた。
「あ」
「お前は!」
アッシュがリースを指差す。
「人攫い」
「違ぇよ!」
「……でも今は、あんたに構ってる暇はないから」
リースは短く言い残すと、人混みに紛れて姿を消した。
「なんなんだ、あいつ……」
アッシュは頭を掻いたが、先ほどまでの勢いはなかった。
日が暮れても、子供達の手掛かりは見つからなかった。リースは足を止め、辺りを見回した。昼間の賑わいは薄れ、通りを歩く人の姿もまばらになっている。
「みんな……どこにいるのよ……」
呟いても、答える声はない。昼間まで聞こえていた子供達の笑い声が、ふと耳の奥に蘇る。リースは唇を噛み、もう一度辺りを見回した。
辺りはすっかり暗くなっており、このままでは探し続けるのも難しかった。リースは灯りを用意するため、一度屋敷へ戻ることにした。
屋敷に入ったリースは、廊下の向こうから聞こえてきた使用人達の会話に足を止めた。
「そういや、西の洞窟の辺りで怪しい連中を見たって話、聞いたか?」
「怪しい連中?」
「ああ。人攫いじゃないかって噂だ。攫った人間をどこかに売ってる連中じゃないかってな」
「物騒な話だな……」
リースは考えるより先に、二人の前へ飛び出していた。
「その洞窟、どこにあるの!?」
使用人達が驚いて振り向く。その騒ぎを聞きつけ、中年の男が姿を現した。
「何の騒ぎだ」
「西の洞窟ってどこにあるの!?」
「聞いてどうする」
「孤児院の子供達がいなくなったの! 攫われたかもしれないの!」
男は苦々しげに息を吐いた。
「ああ、お前によく会いに来ていた孤児院の子供達か。まさか、助けに行くつもりじゃないだろうな?」
「そうよ! 悪い!?」
「やめておけ」
男はうんざりしたように言った。
「まともに剣も魔法も使えないお前が行ったところで、何ができる」
リースは拳を握り締める。
「それでも、大切な友達なの!」
「そうか。好きにしろ。止めたところで聞く気もないんだろう」
男は吐き捨てるように言うと、リースに背を向けた。
「お前がどうなろうと、私の知ったことではない」
リースは男の背中を睨みつけたが、何も言い返さなかった。
もう、灯りのことなど頭から消えていた。踵を返すと壁に掛けられていた剣を掴み、そのまま振り返ることなく屋敷を飛び出す。
その後――。
街を歩いていたカケル達は、通りの先で男と付き人が話している声を耳にした。
「リースとかいう小娘は駄目だな。高い魔力を持つと聞いて引き取ったというのに、まるで役に立たん」
男は苛立たしげに続ける。
「挙げ句の果てには、いなくなった孤児院の子供達を助けに行くと言い出す始末だ。まあ、死んだとしても私には何の損もないがな」
その瞬間、アッシュが男の胸倉を掴み上げていた。
「なっ!?」
「詳しく話せ」
アッシュは男を睨みつけていた。その顔に、いつもの笑みはない。
「離せ!」
「リースってやつが、どこに向かったか話せって言ってるんだ!」
男の顔が青ざめた。




