第16話 受け継ぐもの
目を開けると、見慣れない天井があった。ミライはゆっくりと身体を起こし、部屋を見回す。
「ここは……?」
ベッドのそばの椅子に座っていたカケルが顔を上げた。
「城だよ」
「カケル……」
二人の声に、部屋の隅で眠っていたアッシュも目を覚ました。こちらを見るなり、ほっとしたように息を吐く。
「おっ、やっと起きたか」
ミライは二人の顔を見つめながら、記憶を辿った。ヴォルグに襲われ、ゼリスが光の中へ消えた。そして、カケルが胸倉を掴まれ、持ち上げられて――その先は思い出せなかった。
「ゼリスは……?」
カケルの表情が曇った。
「……まだ捜してる」
ミライは視線を落とした。膝の上で掛布を握っていると、扉が開き、レオンが入ってきた。
「目を覚ましたようだな」
「私、どれくらい眠ってたの?」
「それほど長くは眠っていない。倒れた後、すぐにここへ運んだんだが、身体の調子はどうだ?」
「少し重いけど、大丈夫です」
レオンがベッドのそばへ来ると、カケルはミライへ向き直った。
「なあ、あのときのこと、覚えてるか?」
「ヴォルグが、カケルを……」
伸ばした手が届かなかったことは覚えている。あのままではカケルが死んでしまう――そんな思いだけが、頭の中を占めていた。
「その後は、よく分からないの」
「お前の身体から、すげえ光が出たんだよ。あいつを傷だらけにするくらいの」
アッシュに言われ、ミライは自分の手を見た。
「私が……?」
「ああ。あんな魔法、初めて見たぜ」
ミライはゆっくりと手を握ってみたが、力を込めても何も起こらない。
「カケルを助けたかった。それは覚えてる。でも、どうやったのかは……」
「あの光がなかったら、俺は殺されてた。ありがとう、ミライ」
ミライは小さく頷き、もう一度、自分の掌へ目を落とした。
三人が城で傷を癒やしている間も、ゼリスの捜索は続いた。崩れた謁見の間だけでなく、城内から王都周辺まで調べられたが、手掛かりは見つからなかった。
知らせを待つうちに、何日も過ぎた。廊下から足音が近づくたび、カケルは扉へ目を向けた。捜索の報告に来た兵士は、いつも同じ答えを口にした。
やがてレオンから、生存は絶望的だと告げられた。
三人は黙って聞いていた。カケルは口を開きかけたが、まだ見つかっていないだけだ――そう言おうとした言葉は、剣に身体を貫かれたゼリスの姿がよぎった瞬間、声にならなかった。
その夜、カケルは寝つけずにいた。目を閉じると、肩越しに振り返ったゼリスの笑顔が浮かぶ。
またな。
次に会う約束のような言葉だった。
ベッドの脇には、ゼリスの剣が立てかけてあった。
カケルはベッドを離れて部屋を出ると、人気のない廊下を歩いた。庭へ続く扉の向こうから、声が聞こえてくる。
「師匠……」
扉を抜けると、アッシュが石段に腰を下ろし、顔を伏せていた。カケルが近づくと、袖で目元を拭う。
「アッシュ」
「カケル……情けねぇとこ見られちまったな」
カケルは隣に腰を下ろした。しばらく二人とも黙っていたが、やがてアッシュが俯いたまま口を開いた。
「俺、結局何もできなかった」
膝の上で握り締めた拳が震えていた。
「師匠はあんな身体で戦ってたのに、俺は見てることしかできなかった」
「……俺もだ」
剣を掴まれ、どれほど力を込めても引き抜けなかった。助けに入ったゼリスの身体を、自分の剣が貫いた。その光景が脳裏によぎり、カケルは手元へ視線を落とす。
「俺も悔しいよ……」
アッシュは答えなかった。カケルもそれ以上は言わず、しばらく二人で庭を眺めていた。
「なあ、アッシュ」
「ん?」
「俺と、旅を続けないか」
アッシュが顔を上げた。
「教団が何をしようとしてるのか、確かめたい。ゼリスが追ってたものを、このままにしたくないんだ。ヴォルグのことも許せない」
アッシュはしばらくカケルを見つめていたが、やがて口元を緩めた。
「ああ。やられっぱなしじゃ、師匠に顔向けできねぇからな」
カケルにも、小さな笑みが浮かんだ。
「じゃあ、明日レオン王に話しに行こう」
「あら、私は仲間外れ?」
背後から声がした。
二人が振り向くと、扉のそばにミライが立っていた。
「ミライ。いつから……」
「最初からだよ」
ミライは石段を下り、二人の前で足を止めた。
「私も一緒に行く」
「身体はもういいのか?」
「大丈夫。もうすっかり元気だよ」
カケルとアッシュを見て、ミライは続けた。
「もう、二人だけで決めないでよ」
「ごめん」
カケルが答えると、アッシュも頷いた。
「三人で、だな」
三人は顔を見合わせ、小さく笑った。
翌朝、三人はレオンのもとを訪れた。
謁見の間はまだ使えず、通されたのは別の一室だった。レオンは三人に椅子を勧め、城の被害と教団について、分かっていることを話した。
「教団の活動は、各地で確認されている。ヴォルグと同じほどの力を持つ者が、ほかにもいるかもしれん」
レオンは三人を見た。
「お前達は、これからどうするつもりだ」
「旅を続けます。ゼリスの意思を継いで教団のことを調べたいんです。そして、必ずゼリスの仇も……」
レオンはミライとアッシュにも目を向けた。二人が頷くのを見届けると、静かに息を吐いた。
「そうか。だが、無理はするなよ。お前たちはゼリスが命をかけて守った大切な弟子達なんだからな」
「はい」
カケルは傍らに置いたゼリスの剣を握り締めた。
「この剣、俺が持って行ってもいいですか?」
レオンはゼリスの剣へ目を向けた。
「ゼリスの剣か。もちろんだ。お前が使うなら、ゼリスも喜ぶはずだ」
カケルは鞘に収められた剣を見つめた。
「……ありがとうございます、レオン王」
レオンの表情が少し和らいだ。
「それと、その呼び方はやめてくれ」
「え?」
「これからは、レオンでいい。他人行儀は抜きにしよう」
戸惑う三人を見て、レオンは笑った。
「旅の途中でも、用があれば訪ねてこい。遠慮はいらん」
カケルは剣を手に取った。
「ありがとう、レオンさん」
「ああ。お前達の旅の無事を祈っている」
出発の日、王都の門までレオンが見送りに来た。
「それじゃあ、行ってきます」
「気をつけてな」
三人は門をくぐった。しばらく歩いたところで、アッシュが前を向いたまま言った。
「次に会ったときは、ヴォルグの野郎をぶん殴ってやる」
「その前に、強くならないとね」
ミライが答えた。
カケルは二人の声を聞きながら、腰にあるゼリスの剣、その重みを感じていた。
足を止め、柄へ手を伸ばす。抜き放った刀身が朝の光を受けて輝き、ミライとアッシュも足を止めた。二人が見守る中、カケルは剣を空へ掲げた。
「必ず……」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
章設定はしていませんが、物語としてはここまでで一つの区切りとなります。
次回からは、また新たな物語が始まります。
これからもカケルたちの旅を楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回の投稿も、ぜひ楽しみにしていてください。




