【00.03:30】
部屋で待機するには無言でいることはただただ時間を長く感じさせ、より不安を煽るだけである。
喋った端から更に不安を助長させる優が探索の方へ行ってくれたというのもあり、部屋の中にはどこか安堵の空気が流れていた。
いないことに安堵されるだなんて、出会って早々嫌われすぎじゃないか、と裕は思う。
思うが、裕も場の雰囲気を悪くするだけの優に良い印象を持てるかと言われれば否である。
厭わしいと思われるのは、優の自業自得でしかない。
裕はそう切って捨てて、それ以上優のことは考えないようにしようと思った。
「ねえ、『しくらい』くんって、漢数字の『四』に『位』であってる?」
「ええ、そうですけど……どうかしました?」
「ん~~、苗字に数字が入ってる人ばっかりで、不思議だなぁーって」
――ただ、今目の前で話しかけてくる人物のおかげで、それができない。
十鳥 麗月――同じ高校の生徒会長を務める先輩である。
文武両道で成績優秀、顔良しスタイル良し性格良し、と欠点を見つけることが難しいと言われている。
憧れは男ならば恋仲、女ならば目標として掲げられることの多いその人は、嫉妬という目で見られているとは聞かない。
性格が良いから接してしまえば嫉妬する程恨めないのか、はたまた人付き合いが上手だからか。
とにかく、男女からも好かれる外面も内面も“完璧な人”と感じる人物だ。
ただ――この空間に来た際、憧れの対象である麗月が、悪い噂しか聞かない優と一緒にいた。
そしてその優の言動を気にし、普段は見せないような一面を晒している。
学校で見る麗月というのは、和やかな雰囲気の中で談笑する姿か、凜とした佇まいで物事に取り組む姿くらいだ。
少なくとも、裕は麗月がムキになった姿を見たことも、そして人から聞いたこともない。
だから語尾を荒げるような慌てた姿というのは新鮮だった。
原因となっている優に対して麗月も自然に校内では見せない姿を晒しているのだから、ますます疑問である。
――他に気になることと言えば、麗月が最初に名乗った名前だ。
麗月が最初名乗ったように、高校でも『璃月』の名前を使っている。
今でこそ『ルナ』という響きは、まあそれなりにいるだろう。
問題は使っている漢字が全くの当て読みであるというだけで。
当て読みの名前は、流行である、と一言で片づけようと思えば片がつくだろう。
その流行で被害に遭うのは名付けた親ではなくて名付けられた子なのだが――そう思えば、麗月が『璃月』と名乗るのはおかしい話ではないのだろうと思えた。
――そういえば母さんは『美しい』という字が入っている自分の名前が嫌いだと言っていたっけな。
人にもよるが、老いてもなお『美しい』だとか『華』や『花』という字を使われるのは嫌だ、という人もいる。
麗月の名前も『麗しい』という字があり、その字を他の字へと変えたのだから嫌だったのかもしれないな、と麗月の話をぼんやりと聞きながら裕は思う。
まあ、本人がどういう思いで名乗りを変えているかだなんて他人が推し量れるものではない。
あれこれ考えはしたが、最終的に裕はまあいいかと、くだらない考えだったと思考を切り捨てた。
「――ねえ、どうかな?」
「……、そうですね」
「坊主、話あんまり聞いてなかったじゃろ……」
「……まあ、途中から考えていたことが脱線していたので、話とは全く違うことは考えてましたね」
「わぁ、シクライくんってば開き直っちゃったよ」
苦笑を浮かべる珠惠は、改めて、と前置きしてから再び話始める。
「今、確認できてる数字が『三・四・八・九・十・百・千』の七つ。それぞれ、ミツシロくん、シクライくん、紅葉ちゃん、私、トトリちゃん、もももちゃん、お爺ちゃん、ね」
「……把握しています」
「で、もももちゃんの名前が『零』香だから、これって“ゼロ”もかなぁって話と、旅館の従業員に『一・二・五』の数字の人がいて、私たちだけじゃなくてお客様であるお爺ちゃんたちがいることから、多分だけど『六・七・万』もいるから数字は『億・兆』だけわかんないって話してたの」
「……揃いすぎじゃないですか?」
「すっごいよねぇ~、奇跡的だよねぇ~」
――いろいろと、ツッコミたいところはある。
が、裕は話を途中から聞いていなかったのは自分だから、と一先ず抑える。
珠惠は優がいた時とは打って変わってハキハキと喋る。笑顔も先ほどよりは随分と明るい。
精神的に持ち直したか、心の支えとなるような人物がしっかりしていたかのだろう。
そう思いながらちらりと笑の方へ視線を動かせば、バチリと目が合った。
「どうかされましたか?」
「……いえ。庭“月”野に、“水”科、“土”橋ですから。そっちは曜日か天体かな、と」
「あ、そっか。じゃあ“日”は旅館の従業員にいたよ~」
「――本来、お客様の情報を言うことは阻まれますが……“火”と“木”の入った方もいらっしゃいますね」
だからなんだ、という話なのだが――今ここで曜日だとか数字だとかが入った苗字がどうこうという話をしていても、解決にはならない。
まあ何かしらの共通点が名前にあるというのは、偶然にしては出来すぎている。
意味があるのだろうが、その意味が不明だ。
――結局、探索次第、か。
ふとドアの方を見て、軽いため息を吐く。
待つだけというのはこうして他愛もない会話で場を繋ぐしかないから退屈だ。
――そう、思っていたのだが。
乱暴にドアが開けられ、そして閉められる。
その音は部屋の中にいた全員に聞こえ、何事かと耳を澄ませる結果となる。
『だ、だって。わた、わたし、わたしのせい、で』
『――大丈夫。ね、ほら。落ち着こう。応急手当はしてるから、ね?』
「――あの声は……!」
聞こえてきたのは男女の声だ。
応急手当、と男が言ったのを聞いて、裕はとっさに部屋の中を見回す。
ただ、それよりも早く部屋を見回していた初春が救急セットを見つけ、取ってきた後であった。
乱暴にドアが開閉したあたりで、治療が必要である可能性に気付いていたのかもしれない。
“経験者”だけあって、行動が早いなと裕は妙に感心した。
「弥生さん! 彩夏さん!」
珠惠は珠惠で、声の主に見当がついていたのもあって、二人を出迎えた。
ただ、部屋を開けてすぐに感じた鉄錆の臭いに足を止める。
「――っ、な、え……?」
「ああ、珠惠ちゃん。よかったぁ。早速で悪いんだけど、彩夏ちゃんをお願いできるかい?」
「ぅ、あ、は、はいっ! えっと、弥生さんはお爺ちゃん――えっと、あの人たちのところに!」
片足を血で染めた弥生と呼ばれた男は、痛みで顔は歪むものの笑顔で言う。
そのギャップが激しいのか、珠惠は上手く消化できない――だが、優先順位だけは、分かる。
救急セットを持っている初春のところへ彩夏と呼ばれた精神状態が不安定な女性と一緒にやってくると、少し離れた位置にいる笑の元へ彩夏を届けるべく珠惠は去って行く。
何度も心配そうに弥生を振り返ってみては、苦笑した弥生に手を振って見送られていた。
そうして笑のところに彩夏が辿り着いたのを見送ってから、小さなため息を吐いた後に弥生は初春との質疑応答に答え、時に説明していく。
「ボクは日下部 弥生。彼女は二星 彩夏。二階の一緒の部屋にいたんだけど……部屋の時計の時間がね。一時間切っちゃったから移動しようって思ったんだ。幸い、ボクが一人で探索した時に電気のついてる部屋があるのは見つけてたから、そこにいこうって。でも運が悪いことに、気持ち悪い犬みたいなのが、こう……」
「コレは、その時の?」
「あはは……彩夏ちゃんの背中に舌? が伸びてるのを見ちゃってね。駆け込むっていうよりはタックルで部屋に入ったんだけど、掠っちゃいました。ドアが壊れなかったから良かったんだけど……いや、壊れたのかもしれないんだけどさ、もう、ずっと部屋の前をウロウロしてたし。あーぁ、彩夏ちゃんを守れたのは良かったんだけどなぁ……」
「部屋の前を、ウロウロ……? 待ち伏せされていたのにどうやってこちらに……?」
「うーん、なんか部屋の前にいた犬が皆どこかに行っちゃったから、その隙に三階に来たんだよねぇ」
「――――……え?」
待ち伏せしていた犬が、いなくなる原因。
それを考えた時――嫌な予感がひしひしと募った。
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