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40歳、宇宙出張。 ~食品会社の普通のサラリーマンですが、会社命令で宇宙に行くことになりました~  作者: 綺羅星の猫


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第8話 留守番ではない

試食室で、美緒が二種類の空袋を並べていた。


「食べ物は?」


「今日はありません」


俺の顔を見て、付け足す。


「そんなに残念そうにしなくても」


片方は見慣れた袋。もう片方は、切り口の近くに目印が増えていた。


『開ける向きを、色だけに頼らず見分けられるようにする』


提案書の見出しを読み、俺は前に滑らせた指を思い出した。


「この間の、あれ?」


「ほかの人にも試してもらったんです。同じところで迷う人がいたので」


美緒は袋をひっくり返し、照明の向きを変えてみせた。目印の見え方が変わる。


「一つ直すと、別の条件で困るかもしれないので」


簡単な答えが出たわけではないらしかった。


俺も手袋を借り、何度か持ち替えた。前より迷いにくい。でも、片方は机に置いた時に目印が隠れる。


そう言うと、美緒は残念そうにする前に、その向きの写真を撮った。


彼女の仕事が進む音は、こういう小さなシャッター音なのかもしれない。


俺一人の失敗が、俺一人の問題ではなくなっていた。


「これなら使いやすい、と言いたいところだけど、俺だけで決めない方がいいな」


「はい。だから評価に回します」


美緒は既に必要な欄を埋めていた。提出者は小宮美緒。俺の名前は、使用状況の確認協力という欄にある。


役割が正しい場所へ収まっているのが、何となく嬉しかった。


「俺が向こうへ持っていってからでも」


言いかけると、美緒が顔を上げた。


「それまで、こっちで止めておく理由はないです」


    ◇


確かにそうだった。


俺が行く。俺が見てくる。俺が報告する。


そんな言い方を続けているうちに、向こうへ行く人間の時間が中心になっていたらしい。


美緒は袋を一つ折り、こちらへ渡した。


「相沢さんがいなくても、便は出ますし、新しい食品も作ります」


「それはそうだ」


「なので、全部持っていこうとしなくていいです」


仕事が減るはずの言葉なのに、少し寂しかった。


美緒は俺の返事を待たず、評価日程の確認を始めた。


何もかも相談されなくなる。自分がいなくても決まることが増える。


それを、自分の価値がなくなったことと混同しそうになり、俺は紙を揃え直した。


向こうに行ってほしいと言われた仕事がある。こっちで進めたいと彼女が言う仕事もある。どちらかが暇になるわけではない。


「地上で分かったこと、向こうにも回してくれよ」


美緒が顔を上げ、もちろんです、と答えた。


『地上で試せることは、地上で先に進める』


その下に、軌道上で確認が必要な項目を分けた。俺の担当は、そちらだった。


「私だって、実際に食べているところを見られたら、とは思いますよ」


美緒が言った。


「行きたいの?」


「仕事として必要なら考えます。相沢さんが行くから、という理由だけでは決めません」


からかう余地のない声だった。


俺は頷いた。その答えを、少し頼もしいと思った。


留守を守る人、と勝手に考えていたのは俺の方だ。彼女の仕事も、その先へ続いていた。


    ◇


マコとの日曜日の食事は、あれから何度か続いていた。


店は毎回違う。話す内容は大して変わらない。ただ、仕事のついでに誘うより、約束をした日は少し早く時計を見るようになった。


その日はマコから、次の週末は無理だと言われた。


「仕事。二泊くらい」


「そっちも出張か」


「地上だけどな」


反射的に、予定を動かせないのかと聞きそうになった。口を閉じてから、今日の美緒の言葉を思い出した。


「そっち、準備は?」


「明日まとめる。まだ一件、返事待ち」


マコも、休みの日まで仕事の返事を気にしている。自分だけが特別に忙しいような顔をするのはやめようと思った。


「晩飯、もっと早い時間にすればよかったか」


「今日はこの時間でよかった。だから来た」


さらりと言われ、俺は黙った。


マコが自分で決めて、この席に座っている。その当たり前のことを、親しいというだけで見落としたくなかった。


「じゃあ、帰ってからでいい。俺も予定を見直す」


マコが少し驚いた顔をした。


「待っててくれるんだ」


「いつも待たせてるからな」


テーブルの上で二つの予定表を見比べる。


『いつも予定の空いている方が、相手に合わせることにはしない』


冗談めかして言うと、マコは、それは大事、と頷いた。


候補日を三回出し直して、ようやく空いている日が合った。それでも決まった瞬間、マコの目元が緩んだ。


会えることだけではなく、ちゃんと相談したことを喜んでいるように見えた。


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