第7話 名前のない食卓
次の宇宙食便に、見慣れない区分が増えていた。
品目そのものは知っている。美緒が開発に関わった食事も入っている。ただ、受領先の欄に担当者名がなく、短いコードだけが載っていた。
『受領窓口は指定担当。個人名の記載は不要』
備考を読んでも、食べる人の顔は浮かばない。
「これ、入力漏れですか」
美緒に聞かれ、俺は首を振った。
「まだ分からない。確認する」
分かったふりで埋めないくらいの進歩は、俺にもあった。
一覧を拡大すると、コードの隣に小さな注記があった。社内向けの控えと、受領側へ送る控えで表示する範囲が違うらしい。
勝手に名前を補えば、親切ではなく誤記になる。
俺は空欄のまま問い合わせを作った。
美緒が後ろから、品目の選び方は変ではないかと聞いた。量や組合せには多少の偏りがあるが、それだけで食べる相手を決めつけられるほど、俺たちは食生活を知らない。
二人で見ても、分からないものは分からなかった。
食品の条件や数量に、不審な変更はなかった。表示も、通常の確認を通っている。
ただ行き先だけが、普段より一枚奥に隠れていた。
「名前が分からないと、感想を聞く時に困りますね」
美緒は困ったように言った。
俺は、知らない相手へ渡す袋の一覧を見た。いつもそうしているはずなのに、空欄があるだけで急に遠く感じる。
まずは社内の窓口へ問い合わせを送った。知りたいことを全部聞くのではなく、発送に必要なことから順番に。
◇
返事は、部長を経由して来た。
『指定窓口と受領手順は確認済み。発送の条件は通常通り』
必要な連絡先と、不着時の照会先も付いていた。俺にだけ分かる符号、というようなものではない。引き継ぎ先も読める、普通の業務連絡だった。
「詳しい相手先は?」
「こちらの担当範囲には来ていない。追加の情報が必要なら、この窓口へ上げてくれ」
部長も知らないらしかった。少なくとも、俺へ意味ありげな顔をすることはなかった。
「発送を止めた方がいいですか」
「条件の確認が済んだところから進めてくれ。未確認のものは混ぜないで」
別の部署が担当する仕事の端に触れた時と、よく似ていた。
そういう時、口頭で『大丈夫らしい』を広めると、後で必ず困る。
俺は回答の日時と窓口を残した。向こうが誰であれ、食事が届かないままでいいわけではない。その部分だけは、いつもの便と同じだった。
俺は、確認済みの範囲を一覧へ追記した。
知らないことを想像で埋めると、後からその想像が事実の顔をする。前の演習で十分懲りている。
宛先コードはそのままにして、受領が止まった場合の手順を加えた。
やることが分かれば、荷物は動かせる。
でも、どんな人が食べるのかという疑問まで片付いたわけではなかった。
美緒に返す説明を考えながら、添付の品目一覧をもう一度見た。選ばれているのは、どれも見覚えのある料理だった。
◇
数日後、先に送っていた試供分の感想が、同じ窓口から届いた。
必要な数値の後に、自由記入欄が一行あった。
『この食事の香りを、また確かめたい』
少し変わった言い回しだった。翻訳した文章なのかもしれない、と俺は思った。それ以上を判断する材料はなかった。
試食室へ持っていくと、美緒はその一行を二度読んだ。
「おかわり、ということですかね」
「俺なら、そう受け取る」
「好きか嫌いかだけじゃないの、ちょっと嬉しいですね」
美緒はそう言って、品目の欄を指で押さえた。
俺が試食した時は、袋を開けた途端、家の夕飯のような匂いがした料理だった。でも、この相手に同じ記憶があるとは限らない。
知らない香りとして気に入ったのかもしれないし、何かを思い出したのかもしれない。
「もう少し感想をもらえるか、聞いてみるか」
「相手が困らなければ、で」
美緒は、短い一行を大切そうに見ていた。
美緒は、印刷した紙を作業台の端へ置いた。
「香り、残ってたんだ」
誰に言うでもない声だった。
保存や容器の制約の中で、残したかったものがあったのだろう。俺には食べた時の印象しか分からなかったが、その顔は見ておきたかった。
「返事、付けられないかな」
「何て?」
「食べてくれてありがとうございます、って」
俺は、窓口へ確認してみると答えた。
画面に戻る途中、あのコードの向こうにも食卓があるのだと、ようやく思えた。




