第6話 了解、の中身
訓練が進むと、見慣れた仕事も演習になった。
食品の受け入れ。数量を照合し、指定の場所へ収め、使用条件を確認する。
ここなら何とかなる。
実際、最初の照合は順調だった。地上役から『変更分、了解』と返信が来たので、俺は変更後の一覧を使った。
数分後、隣の担当の端末と数字が合わなくなった。
画面の隅の警告が、一つ、二つと増える。
「相沢さん、いったん記録を止めてください」
地上役の『了解』は、問い合わせを受け取ったという意味だった。承認ではなかった。
俺が先へ進めた分を、他の人まで戻すことになった。
『受信したことと、承認したことは別だった』
振り返りの画面に、自分のやり取りが並んだ。
「いつもなら分かる相手なんです」
言ってから、言い訳だと気づいた。
いつもの相手ではなかった。いつもの場所でもなかった。
教官は責める代わりに、隣の担当が直し終わるのを待つよう言った。その時間が、一番こたえた。
待っている間に、俺は自分が送った文面を見返した。
問いが二つあるのに、返事は一つ。それでも都合のいい方に受け取っていた。
急いだせいだ、と言えば簡単だった。でも、遅れたくなかった理由の半分は、ここなら自分にもできると示したかったからだ。
隣の人が、戻せました、と顔を上げる。
「すみません。次は確認してから流します」
謝るだけでは消えない手間を、その人に背負わせてしまった。
◇
会社でその話をすると、美緒は俺の引き継ぎ資料を取り出した。
「これにもありますよ。『いつもの先方担当へ確認』」
俺の字だった。
「連絡先一覧は別にある」
「担当が休みだったら?」
「代理の人に」
「それが誰かは?」
そこで詰まった。電話すれば誰かにつながる。その誰かと話せば大抵何とかなる。そういう手順が、俺の頭の中にしかなかった。
美緒が、連絡先一覧の印刷を差し出した。
「担当名に加えて、部署の窓口も書いておきませんか」
「その方がいいな。返事がない時、どこまで待つかも」
二人で過去のメールを探した。必要な情報は、資料の中にきれいにまとまってはいなかった。
古い返信の末尾。打合せ後の追記。電話を受けた時の走り書き。
俺が毎日少しずつ省いてきたものを、美緒と一緒に拾い集めているようで、途中から妙に申し訳なくなった。
「私も、相沢さんならこの一言で伝わるって、省いてるところあります」
美緒は、自分から送った短いメールを開いた。
俺がいなければ、別の人がこれを読む。
『誰が、何を確認して、どこまで進めてよいかを書く』
机を挟んで、言葉を足したり消したりした。やっていることは地味だった。宇宙へ持っていく技術と言われても、誰も写真を撮りたがらないだろう。
それでも、さっきまでは俺にしか分からなかった一行を、美緒が迷わず説明できるようになった。
◇
再演習では、同じ曖昧な返事が来た。
俺は『変更後の一覧で進めてよい、という意味ですか』と返した。
回答を待つ間、隣の担当へ、何が止まっているか伝える。待っている理由が分かると、相手は先にできる作業を進めた。
少しして、使用可の返事が届いた。
『変更分の使用許可を確認してから、作業を再開する』
手順書に足した通り、確認箇所を読み上げてから手を動かした。
最後に、隣の担当の一覧と照合する。
数字が揃っているのを見て、肩から力が抜けた。すると、その人が笑った。
「今日は、どの版を見てるか分かりました」
それは、昨日は分からなかったということでもある。
俺は礼を言い、使った版番号を記録した。うまく終わった時ほど、何がうまくいったのかを残しておいた方がいい。
忘れないだろうと思ったことから先に忘れるのは、仕事でも休日の約束でも同じだった。
終了後、教官が言った。
「今回は、待っている時間にも情報がありましたね」
大げさな賛辞ではなかった。そこがありがたかった。
帰りの電車で、美緒に短く報告した。今度は『通った』だけではなく、どの手順が役に立ったかも書いた。
返事には、改訂した引き継ぎ資料が添付されていた。
『では、地上の方もこれで進めます』
俺のいない席で仕事が進むことが、寂しくもあり、思ったより心強くもあった。




