↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40歳、宇宙出張。 ~食品会社の普通のサラリーマンですが、会社命令で宇宙に行くことになりました~  作者: 綺羅星の猫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/61

第5話 土曜日の星印

『土曜日の午後は、訓練も仕事も入れない』


予定表へそう入れたら、マコからすぐ返事が来た。


『じゃあ、靴見に行こう』


俺が、最近歩くと足が疲れる、とこぼしたのを覚えていたらしい。


駅で待っていたマコは、細身のパンツに薄手の上着という格好だった。

仕事帰りの時より髪が柔らかく見えて、俺は少しだけ目のやり場に困った。


「寝坊しなかったんだ」


「信用が低い」


「実績がある」


今日は反論できる実績を作ろうと思った。


店で靴を履き替えていると、マコがしゃがんだ。


「つま先、当たってない?」


「そこまで世話焼かなくても、自分で分かる」


「自分で分かる人が、底の減った靴をいつまでも履くかな」


靴紐を結ぼうとした指先が止まる。

すぐ近くにある横顔を見下ろしてしまった。


マコが顔を上げた。


「何?」


「……いや。その色、似合うなと思って」


「靴?」


「上着」


短い沈黙の後、マコは立ち上がった。

店員を呼ぶ声が、少しだけ軽かった。


サイズを変えてもらい、店内を少し歩いた。


「どう?」


「こっちの方がいい」


「最初のが安いからって、我慢しなくてよかったな」


見透かされている。


マコは棚へ戻り、別の色を一足持ってきた。

鏡の前に並べて、どちらにするかは俺に任せる。


こういう時、勝手に決めず、最後は俺に任せてくれるのがありがたかった。

世話を焼かれるのは苦手なのに、マコと来る買い物は嫌ではない理由が、少し分かった気がした。


    ◇


買った箱を抱え、店先の席でコーヒーを飲んだ。


マコは自分の買い物をほとんどしていなかった。


「付き合わせたな」


「付き合いたかったから来たんだけど」


カップへ伸ばした手が止まった。


言葉には何通りかの受け取り方がある。

会社では、曖昧なら確かめるよう教わったばかりだった。


なのに、ここではそれができない。


「買い物に?」


俺が余計な言葉を足すと、マコは少し目を伏せた。


道路を挟んだ向こうで、信号が変わった。

休日の人波が、一斉に動き出す。


このまま話題を変えれば、いつも通りに終わる。

靴が安く買えたとか、次はどの店へ行くとか。


その逃げ道はよく知っていた。


マコの指が、カップの蓋を押さえている。

何かを待つようなその手を見て、俺は、自分ばかりが怖がっているわけではないのかもしれないと思った。


答えを出す勇気はなかった。

それでも、今日をただの用事で片付けたくはなかった。


「そう。今日は買い物に」


マコが答えた。


細い息が、笑い声の代わりにこぼれた。


俺は紙コップの縁を指で撫でた。

聞かなければ、このままの関係でいられる。

そんな理由を、何年使っているのだろう。


「何かを買わなくても、一緒に出かけていい、だろ」


口にしてから、自分でも驚いた。


マコがこちらを見た。


「何それ。誘ってる?」


「来週、飯だけでも」


マコはすぐには頷かなかった。

自分の予定表を開き、時間を確かめてから、日曜日なら、と答えた。


    ◇


帰り道、駅までの短い距離で雨が降り出した。


マコが折り畳み傘を開いた。

俺は持ち手を受け取った。

小さい傘だった。


「走った方が早くないか」


「買ったばかりの靴、濡らす気?」


新品は箱の中だ。

履いているのは古い方だったが、わざわざ言うほどのことでもなかった。


肩が触れた。


俺は傘を少しマコの方へ寄せた。

マコの方だけ雨に当たるのは、さすがにおかしい。


「歩幅、そっちに合わせるよ」


言うと、マコがこちらを見た。


「足、痛い?」


「そうじゃなくて。傘がずれるから」


「ああ」


返事の後、二人とも少し黙った。


昔は雨が降れば競争のように走った。

濡れても笑っていれば済んだ。

今日は箱を濡らさないよう歩き、相手の肩まで気にしている。


変わらないと思っていた付き合いにも、いつの間にか、違う歩き方が増えていた。


改札の前で、来週の時間を確認した。


『日曜日、午後六時。仕事が終わったら、ではない』


入力欄の端に星印を付けると、マコが笑った。


「また業務扱い?」


「重要事項」


今度は、言ってから目を逸らさなかった。


マコは何か言いかけ、結局、また来週、と手を振った。


帰宅して箱を開ける。

ちゃんと選んだ靴が、玄関で少しだけ場違いに見えた。


宇宙へ行く準備なのに、地上で出かける予定が一つ増えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。