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40歳、宇宙出張。 ~食品会社の普通のサラリーマンですが、会社命令で宇宙に行くことになりました~  作者: 綺羅星の猫


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第4話 うまい、の次の一言

二週目の演習に「食事」とあったので、少し期待した。


食べるだけなら、これまでの人生で相当な訓練を積んでいる。


渡されたのは手袋と、固定具の付いた台と、食品の袋だった。


「周囲で別の作業をしている想定です。手順を確認してから始めてください」


袋の切り口を探す。手袋越しだとうまくつまめない。台を押さえようとすると手順書がずれ、直している間に次の音声が流れた。


食うだけ、とは誰も言っていなかった。


固定具を外して手に持ちたくなったが、それでは演習の意味がなくなる。


俺は手順を一つ戻り、袋の位置を確かめた。切り口が見つかると、今度は開けた部分の置き場に迷った。


小さな作業が、ことごとく次の作業を邪魔する。


ようやく落ち着いた頃には、味を見る前から少し疲れていた。いつも試食室で、用意されたものを口へ運ぶだけだった自分は、相当に甘やかされていたらしい。


ようやく一口食べて、『おいしい』と記録した。


教官が俺の欄を見て、隣を指した。


開封に要した時間。こぼしたものの有無。手順上、迷った箇所。


全部空欄だった。


「味だけですか」


「おいしかったので」


「それは開発担当にぜひ伝えてください。こちらもお願いします」


『食べられたかどうかも、食事の報告に含める』


ノートへ写しながら、普段、美緒に返していた感想の短さを思い出した。


    ◇


会社の試食室で事情を話すと、美緒は笑わなかった。


「どこで困ったんですか」


袋を渡され、演習と同じように手を動かす。途中で、うまくいかなかった箇所を見失った。


「さっきは、もっとこう……」


「急がなくていいです」


美緒は自分の袋を開けずに待っていた。俺の手元を直してしまうこともなかった。


三度目に、指が滑った。


「切り口をつまむ時、袋の表裏が分からなくなった」


ようやく言葉になった途端、美緒がメモを取り始めた。


美緒はすぐに改善案を言わず、もう一度同じ持ち方をしてほしいと頼んだ。


俺が袋を裏返すと、彼女も横から切り口を覗いた。肩が近づき、ほのかな石鹸の匂いがした。


手元へ意識を戻す。


「ここで迷ったんだよ。絵の向きが逆に見えて」


「なるほど」


美緒は目印の位置を書き込んだ。俺が役に立ったというより、俺の失敗がやっと使える形になったようだった。


「そこです。そういうのが欲しいんです」


嬉しそうな声だった。


「普段の『うまい』は?」


「嬉しいです。でも、それだけだと直せないので」


俺は空の袋を見た。


美緒の仕事は、俺が食べ終えたところで終わるわけではない。俺の一言が足りなければ、その先を一人で考えることになる。


「じゃあ、味の方は。後から香りが来る感じがした」


「どの辺で?」


質問が増えた。最初からこうやって話せばよかったのかと思った。


    ◇


美緒が、紙の隅へ小さく追記した。


「開けにくいって言ったら、悪い気がすると思ってました?」


「多少は。せっかく作ったものだし」


「開けられないまま宇宙へ送られる方が困ります」


その通りだった。


『困った場面を、作った人への文句と分けて書く』


記録票の裏へそう書くと、美緒が覗き込んだ。


「ずいぶん大げさですね」


「言い方で揉める会議を何回も見たからな」


「相沢さんでも、言いにくいことあるんですね」


「いっぱいあるよ。大人だから」


「大人って便利な言葉ですね」


否定できない。俺は空袋を畳み、さっきの自分の言い方を思い返した。


美緒は気にしていないふりをすることも、俺を持ち上げて話を終えることもしなかった。ただ、何が起きたかを最後まで聞いてくれた。


次に困った時も、たぶん話せる。そう思えたのが、今日いちばんの収穫だった。


試食室を出る頃には、外が暗くなっていた。


美緒は流しで手を洗い、俺が持つ紙をもう一度見た。


「相沢さん」


「はい」


「向こうでも、その調子でお願いします」


向こう、という言葉に、二人とも一瞬黙った。


まだ決まっていない、と言いかけたが、今日の感想くらいは先に約束できる。


「分からなかったら、分からないって連絡するよ」


「分かった時も、連絡してください」


注文が一つ増えた。今度は、書類の話だけではなかった気がした。


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