第3話 正解は、止めること
新しい名札には、会社名の下に「訓練生」とあった。
四十歳である。
いきなり後輩の中でもかなり下の位置へ戻された感じがした。
教室には年齢も服装も違う人が座っていた。
机の上の端末が、俺の会社のものより少し頑丈そうなのが気になる。
「皆さんの業務範囲は、それぞれ異なります」
教官はまずそう言った。
「全員に同じ専門家になってもらうわけではありません。ただし、異常を伝えるための基本は共通です」
教官は、机の小さな表示灯を指した。
「今、何か変わりましたか」
緑だった灯りが、いつの間にか消えていた。
俺は端末の画面ばかり見ていた。
隣の人が答え、教官はいつ変わったかと聞いた。
今度は誰も即答できなかった。
「気づかなかったなら、その通りに記録します」
居眠りを見つかったような気分で背筋を伸ばす。
知っていることを答える授業だと思っていたが、知らないことの置き場所から教わるらしい。
画面に一行だけ表示された。
『分からない時は、分からないと報告する』
ありがたい。
俺はノートに大きく写した。
会社だと、分かりませんと言う前に、どこまで調べたのか聞かれる。
その次に誰へ聞いたのか。
その次に、なぜもっと早く言わなかったのか。
「分からないと報告した後は?」
俺が聞くと、教官は頷いた。
「確認できる人につなぎます。その間、勝手に先へ進まないでください」
なるほど。
それなら得意かもしれない。
そう思った時点で、だいたい失敗の準備が整っていた。
◇
最初の演習は、音声の指示に従って模擬パネルを確認するだけだった。
だけ、という言葉は信用してはいけない。
途中で機械音が重なり、最後の番号が聞き取れなかった。
俺は手順書を見た。
順番なら次はこれだろう、と指を伸ばした。
画面が止まった。
「いま、何番と聞こえましたか」
「……最後が、よく」
「では、なぜ押しましたか」
自分のノートが机の隅からこちらを見ていた。
大きく書いた一行が、とても読みやすい。
後ろで別の訓練生が順番を待っている。
俺が止まった分、その人の開始も遅れる。
早く終わらせて場所を空けたい。
その気持ちが、さっきも先に立ったのだと気づいた。
「待たせるのが気になりましたか」
教官に聞かれて、頷いた。
「では、何を待っているのか、相手に伝えてください」
俺は後ろを向き、聞き取りを確認していると説明した。
相手は、どうぞ、と軽く手を上げた。
黙って焦っていた時より、待ち時間が短く感じた。
評価欄には、『推測で進めたため、操作を最初からやり直す』と記録された。
叱られたというより、事実が整頓されていた。
逃げ場がない。
二回目、同じところで音が重なった。
「末尾の番号が聞き取れません。再送をお願いします」
声に出すと、思った以上に教室が静かになった。
教官が番号を伝え直す。
俺は復唱し、確認を受けてから触った。
全部終わるまで、さっきより時間がかかった。
それでも、今度は終了の表示が出た。
早く終えた方が褒められると思っていたのは、俺の方だった。
◇
休憩時間にスマートフォンを見たら、美緒から確認が来ていた。
追加二品のうち一つは、表示の修正待ち。
もう一つは承認が進んだらしい。
俺は『了解』と打ちかけて、消した。
どっちを了解したのか、自分でも分からない。
品目を分けて返事を書き、分からない部分は会社へ戻ってから確認すると添えた。
送った直後、『細かくなりましたね』と返ってきた。
褒められたのかどうか、判断に迷う。
『困りますか』と返すと、美緒からは『助かります』と来た。
続けて、確認待ちの項目が一つ送られてきた。
仕事は増えたが、どこで止まっているのかは見えた。
昔の俺なら、全部まとめて会社へ戻ってから返そう、と考えていたかもしれない。
休憩の終わりを知らせる声がして、スマートフォンを伏せた。
宇宙に関係する施設へ来ても、俺の仕事の半分は相変わらずメールらしかった。
今日のノートに、もう一行足した。
『できたことと、できなかったことを分けて伝える』
マコにも初日の予定が終わったと送った。
報告を催促される前に送れたのは、我ながら珍しい。
『どうだった?』
『初日からやり直し』
しばらくして、笑っている顔の絵が届いた。
その次に、短く『帰り、気をつけて』。
椅子の背にもたれた。
今日は、何か特別なことができるようになったわけではない。
できないと言えるようになるだけでも、結構疲れるらしかった。




