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40歳、宇宙出張。 ~食品会社の普通のサラリーマンですが、会社命令で宇宙に行くことになりました~  作者: 綺羅星の猫


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第50話 知らない船の食卓

船へ入ったところで、俺は一度止まった。


ハッチの向こうにも手すりがある。

手すりの間隔は、ステーションより少し狭い。

同じ調子で身体を送ると、鞄が先に縁へ触れた。


案内の人が待ってくれた。

俺は手を掛け直し、美緒が通る場所を空ける。

ここでも物を放せば浮いたままだった。


笹倉さんに続いて指定の通路へ進んだ。

出発する船に乗ったわけではない。

今は接続したままの船の中で、帰るハッチも後ろにある。


それでも壁の先の知らない機械の音に、耳が向いた。


提供区画の入口でリセさんが迎えた。

今日は机の向こうではなく、同じ通路側にいる。


「ようこそ。こちらへ」


俺は案内された手すりを辿った。

食卓が見えたところで美緒の動きが遅くなる。

俺も止まった。


写真の細長い机が目の前にあった。


席は一列だけではない。

通路を空けるために畳んだ部分と、使うために開いた部分がある。

器を留める場所は、俺たちが試したトレイより小さかった。


「ここにはあの器は入りませんね」


美緒が言った。


俺は机の端を見た。

取り付けの形も違う。

持ってきてから何とかすればいい、とはとても思えなかった。


食事を担当する人が横の固定板を開いた。

袖口を留めた手で器を一つ出し、机へ取り付ける。

蓋を開ける向きによっては、隣の席の人の腕に当たりそうだった。


俺も身体を固定して、手を伸ばす範囲を試した。

右手だと隣の席へ腕が出る。

左手だと取り口に届きにくい。


「腕を動かそうとすると、ここまで場所が要るんですね」


美緒が俺の動きを見て言った。

器は収まっても、二人並んで食べるには腕を動かす場所が足りない。


リセさんは空いている隣の固定具を見た。


「揃って食べられる時には少しずつ譲り合うんです」


「休憩の途中なら急ぎたくなりそうです」


俺が言うと食事担当の人が頷いた。


「その時に選ばれるものがこちらです」


固定板に並んだ容器は写真の料理よりずっと小さかった。

留める場所も一つで足りる。

違う二種類を出してくれたが、見た目はよく似ていた。


俺たちは説明を聞くところまでにした。

今日は開けて食べる案内ではない。

美緒は見せてもらった容器の外側を、許可を得て記録した。


初めての船で、最初に覚えたのは夕飯を置けない場所だった。


    ◇


机から離れたところに小さな窓があった。

説明の合間に見てよいと言われ、俺はそこへ寄った。


ステーションの構造物が窓の端にある。

いつも内側から見ていたところを、外から見ている。

その向こうに地球があった。


近くの別の場所へ来ただけなのに、知らない景色になっていた。

美緒が隣の手すりへ掴まる。


「戻る場所は見えますね」


「あそこからこっちを見てたんだな」


指を伸ばしかけ、窓の縁を持つ方へ戻した。

美緒は外を見たまま笑った。


俺は地球より手前のステーションを見た。

あの中に仕事の机がある。

マコと見る窓も、今日の夕飯を受け取る場所もあった。


戻る予定が決まっている分、初めての景色を落ち着いて見ていられた。

俺は窓から離れ、説明の席へ戻った。


    ◇


食事担当の人が最後にリンカの写真を出した。

俺たちが試作に使ったものより大きな器だった。

その中に、何層も重なったリンカが盛られている。


「これは、長く席にいられる日に食べる料理なんです」


リセさんが言った。


「持ち運び用の食事にも、おいしいものはあります。でも、ゆっくり食べられる日には、やっぱりリンカを選びたくなるんです」


美緒は二種類の小さな容器へ視線を戻した。


「皆さんは普段どちらを?」


担当の人は両方を指した。


「ここでは交互に。同じ方を続けたくても、残っている数次第です」


俺はうちの一覧を思い出した。

魚の味が違うだけで、夕飯を変えたつもりになっていた。

同じものを選べることも、違うものを選べることも当たり前ではなかった。


「種類を増やしたいんですか?」


俺が聞くと担当の人は頷いた。

けれど、リセさんはその先を俺たちに見せた。


「増やせた後も、選び続けられるようにしたいんです。補充の時に一度だけ揃うのではなくて」


美緒が手帳へ書いた。

作り方だけでは終わらない相談になっている。

保存と費用と、船へ届くまでの仕事がある。


俺は今日の記録に残しておいた空欄を見た。

リンカを袋にする案の下へ、もう一つ項目を足す。


同じものを明日も選べる。

違うものも選べる。


書きながら腹が鳴った。

ここへ来てまだ何も食べていなかった。


リセさんが俺を見た。


「相沢さん、まだ食べていませんよね?」


「戻ってから食べます。今日は約束があるので」


彼女は頷いた。

それから写真を俺たちの方へもう一度向ける。


「今度は、途中の食事も一緒に考えてもらえますか?」


俺は美緒を見た。

彼女も、もうこちらを向いていた。


会社へ戻す相談は増える。

すぐにできる約束ではなかった。


「今日見たところから相談してみます」


俺が答えると美緒が隣で頷いた。


初めて来た船には、知らない夕飯があった。

俺たちの知っている夕飯にも、まだできることがあった。

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