第49話 帰ってきたら
見学の案内には、乗る場所より先に帰る経路があった。
現在接続している船の指定区画へ行く。
見学するのは食事の提供設備と使い方だ。
運航や他の区画には立ち入らない。
会社からも担当範囲内の現地調査として返事が来た。
試食や新しい工程を勝手に足さず、持ち帰る記録を揃える。
俺と美緒は案内を開き、笹倉さんから出入りの説明を受けた。
「船の中でも固定具を使います。こちらとは配置が違うので、担当者の案内を待ってください」
俺は図の手すりを辿った。
食堂まで何となく行けるようになったところで、また最初からだった。
持って行く荷物は少ない。
試作品を運び込む日ではない。
美緒は資料を二つに分け、渡すものだけを窓口へ出した。
俺も端末へ保存する記録の範囲を揃えた。
笹倉さんが最後に二人の返事を聞いた。
「参加でよろしいですか」
「はい」
俺と美緒が続けて答えた。
半年後に宇宙へ行く話と違い、今回は自分で欄を埋めた。
◇
準備が終わった後、マコへ連絡した。
船の指定区画へ仕事で見学に行く。
相手の名前や資料は入れず、俺の予定として話せるところだけを送る。
返信はその日の夕飯の前に来た。
『戻る予定は出てるか』
出ていると答えると、いつもの窓の近くで会えた。
マコは俺の顔を見て笑った。
「嫌です、って言わなかった?」
「今回は言ってない」
「成長したな!」
「また言う時は言うぞ」
俺も笑った。
マコは窓の外へ目をやる。
「物流側の予定には、俺が扱わない便もある。お前の行く先を全部知ってるわけじゃないからな」
「うん」
仕事が違えば見える欄も違う。
マコへ送った一行だけで、俺の予定が全部分かったことにはならなかった。
「詳しいことは、話していい範囲を聞いてからにする」
俺が言うとマコは頷いた。
「それでいい。帰ってきたら飯にしよう」
「同じ時刻に戻れなかったら?」
「変更する。待つか食うかはその時聞く」
どっちでもよさそうな返事ではなかった。
マコは自分の予約を開いた。
俺も勤務表を出す。
窓の前で二人とも夕飯の相談を始めた。
地上の約束はまだ別にある。
宇宙でも飯へ戻ってこられる予定ができた。
マコは画面を閉じた。
「楽しみ?」
「うん。まだ中を知らないけど」
「見てきなよ」
マコの手が俺の上着の袖を軽く引いた。
俺は顔を向ける。
「帰ってくる方も、楽しみにしとけ」
「うん・・・してる」
今度は返事を後へ回さなかった。
マコが笑って手を離す。
◇
見学当日の朝、美緒は集合場所へ俺より先に来ていた。
端末と小さな手帳を鞄へ留めている。
俺の鞄を見て、中身を聞いた。
「増やしてませんか?」
「資料と手帳。あと自分の飲み物」
「商品見本まで持って行きそうだったので」
「持って行きたくはなった」
美緒が笑った。
「今日は向こうを見ましょう!」
俺は頷いた。
何かを売る前の出張というものもある。
集合の案内が切り替わるまで、美緒は手帳を開かなかった。
窓のない通路の先を見ている。
「緊張してる?」
俺が聞くと彼女は手すりを持ち直した。
「はい・・・でも、ここまで来て引き返したいとは思ってません」
俺は黄色い灯りの部屋を思い出した。
あの日の先へ行くために、また留め具を確かめている。
「俺も」
返事をすると美緒がこちらを見た。
「怖くなったら、止まってもらえますか?」
「止まるよ。小宮さんも言って」
「言います!」
彼女は俺の腕へ一度触れた。
さっきまで気になっていた鞄の中身を、俺はしばらく忘れた。
笹倉さんが来た。
二人の名前を呼び、通る側のハッチを示す。
俺と美緒は順に身体を送った。
次の手すりは、まだ見慣れない色をしていた。




