第46話 灯りが変わる時
作業を終えて囲いの蓋を閉じた時、通路の灯りが黄色に変わった。
美緒が手を止めた。
俺も壁の表示を見る。
指定の区画で移動を止めるように案内が出た。
換気設備の検知系に異常があり、隣の通路を一時閉鎖する。
原因の調査中だという。
俺は鞄を持って帰るところだった。
手すりを掴んだまま、ハッチへ向かうのをやめた。
「ここで待ちます」
美緒が言った。
俺は頷き、壁の連絡器へ手を伸ばした。
部屋の番号を読み上げて二人いることを伝える。
生活担当から、身体と荷物を留めて待つように返事が来た。
試作に使った加熱は終わっている。
器は閉じた囲いの中だ。
美緒が台の停止表示を見た。
俺は連絡器から手を離して鞄を留めた。
その時、記録用の薄いカードが一枚、壁から離れた。
俺が鞄を寄せた拍子に触ってしまったらしい。
黄色い端がゆっくり回り、美緒の肩の先へ流れる。
手を出せば届きそうだった。
俺は足の固定を外しかけた。
「相沢さん」
美緒の声で止まった。
カードが指先から遠ざかった。
その先は閉じたハッチだった。
身体を送り出していたら、止まる場所を選ぶ前にそちらへ行っていた。
美緒は自分の固定を外さず、浮いたものを回収するための捕集具を取った。
カードを台の囲いまでそっと寄せ、そこで回収した。
俺は外しかけた固定具を戻した。
「すまん・・・」
「戻せたので大丈夫ですよ」
カードではなく俺の足元を見て言った。
窓のない部屋だった。
地球が回っているところも、外の船の灯りも見えない。
聞こえるのは設備の音と、時々届く案内だけだった。
地上なら廊下へ顔を出していたと思う。
ここでは閉じたハッチの向こうを、自分の目で確かめに行けない。
美緒は回収したカードを固定板へ戻した。
俺は自分の留め方を一つずつ見直す。
カードを一枚拾うだけのつもりで、自分の身体まで動かしかけていた。
◇
次の案内が来るまで、俺は夕飯の予約画面を開かなかった。
受取時刻が近づいている。
今はそちらを気にしている場合ではなかった。
換気の系統を分けて調べているという連絡が来た。
この部屋には待機を続ける案内が出ている。
俺たちはまだ動かなかった。
「相沢さん」
美緒が俺を呼んだ。
「手、痛くないですか?」
自分の手を見た。
手すりを握り直してからずっと同じ力を入れていた。
「あぁ・・・気がつかなかったな・・・」
俺は指を緩めた。
身体は別の固定具で留まっている。
手を休ませてもどこへも行かなかった。
美緒は俺の袖へ触れた。
引っ張らずに、そこへ指を置く。
「私も・・・さっきは驚きました」
「カードの方?」
「相沢さんの方ですよ」
俺は顔を上げた。
彼女もこちらを見ている。
「すぐ取れると思った」
「はい」
「訓練したのにな・・・」
「だから、止まれたんだと思いますよ」
俺は足元を見た。
美緒の声がなければ、という返事をしたくなった。
それも本当だった。
「呼んでくれてよかった。ありがとう」
言うと彼女が頷いた。
袖に置いた指が離れた。
生活担当から新しい経路が届いた。
この区画は通れることを確かめ終え、移動の再開を案内するという。
閉鎖中の通路は使わず、指定された共用区画へ出る。
俺と美緒は順に荷物を携行帯へ戻した。
俺は次の手すりの位置を見てから固定を外す。
美緒も同じハッチへ向かった。
通路へ出ると食堂の案内が変わっていた。
いつもの受取口を使えない人へ別の窓口を出している。
その前に仕事着の人が集まっていた。
俺たちだけが夕飯を待っていたわけではなかった。
美緒が自分の予約を開いた。
俺も画面へ戻る。
ようやく、夕飯のことを考えてよかった。




