第44話 残したい香り
地上から戻った返事の最初に、追加の担当者の名前が並んでいた。
リンカの相談を小さな試作として続ける。
美緒が開発側の取りまとめをし、材料と工程の判断はそれぞれの担当へ戻す。
俺は現地の記録と窓口への連絡を受け持つ。
会社へ出したところで終わりにはならなかった。
机の上へ、作る方の仕事が戻ってきた。
リセさん側からも、今回使う材料と試作の範囲について返事があった。
名前を借りて勝手にうちの料理にしていい、というものではない。
残したい部分を聞きながら進めることになった。
最初に試すのは二通りだった。
層を一つにまとめる方と、香りのある部分を別にする方。
調理担当が準備した小さな試作品を作業台へ固定した。
美緒は開ける順を描いたカードを俺に渡す。
「説明を全部聞いてからですか?」
「最初はそのカードで。困ったら止めてください」
俺は一つ目を開いた。
取り口は見つけやすい。
中身も前より簡単に取れた。
食べてからリセさんを見る。
彼女はもう一口を取らずに器を見ていた。
「おいしくないですか・・・?」
聞くと首を横に振った。
「おいしいです。ですが、先に来てほしかった香りがなくなりました」
俺は自分の器へ鼻を寄せた。
前の試食で手が止まった匂いは弱い。
一緒に温めたことで変わった部分を、美緒が調理担当の記録と照合した。
二つ目では別の小袋を取り付けるところで俺の指が止まった。
先に開けるつもりで持ち、カードを見直す。
取り付けてから開ける順番だった。
「逆にしたくなるな」
俺が言うと美緒はカードへ印を付けた。
その場で代わりに取り付けてくれることはなかった。
小袋を所定のところへ留め、開口部を合わせる。
小袋の中身を合わせた一口には、覚えていた香りが戻ってきた。
俺は笑った。
リセさんもこちらを見ていた。
「こっちは残っています」
彼女の言葉を美緒が書いた。
その下には俺が迷った順番も残った。
香りを残せば全部よし、とはならなかった。
でも最初の試作品を作り直す理由は、三人とも分かった。
片づけを終えた机で、美緒は二つのカードを並べた。
俺が間違えかけた方には赤い印がある。
俺はその印を見ながら言った。
「毎回これをやるなら、俺は夜には逆にする」
「疲れてる時ほど説明を読み直したくないですよねぇ」
「味のためだから頑張れ!って言われたら頑張る日もある。でも毎日は・・・な・・・」
リセさんが俺を見た。
「毎日ではない料理を、毎日のために変えたいのです」
美緒の指が止まった。
「元の料理とは別に、普段用も作りたい・・・・・・・ということですか?」
「はい。帰った時に並ぶものと、途中で食べるものが同じ姿でなくても」
俺は照り焼きの写真を出した日のことを思い出した。
皿が付いてこなくても照り焼きは食べられる。
でもそれならどんな形でもいい、とは言いたくない。
美緒は二つ目のカードの裏へ新しい取り付け方を描いた。
小袋を後で探さなくて済むように、最初から一緒に留める案だった。
実際に作れるかは包装の担当へ聞く。
俺は地上向けの照会を開いた。
気合で手順を覚える人を増やすより、手順を減らす方へ回す。
「簡単でいて、ちゃんとおいしい、ですか・・・」
リセさんが言った。
「あぁ!あと、毎日食べるなら値段もだな」
俺が付け加えると、美緒は頷いた。
「運ぶ分と作る分を分けて調べます。今の試作品の値段で、毎日の話はできないので・・・」
安くするために香りを消す。
香りのためにいくら掛けてもいい。
そのどちらかへ急いで行かず、相談する場所が増えた。
リセさんは最初の試作品の記録を見た。
「お断りしたようになってしまいましたか」
「そこは残してほしい、って教えてもらいました」
美緒が答えた。
「私たちだけでは決められないところなので」
彼女は赤い印のあるカードもリセさんへ向けた。
俺の失敗まで一緒に差し出される。
リセさんはそれを読んでから笑った。
「相沢さんは、食べる前にも頼りになるのですね」
俺は訂正しようとしてやめた。
食べる前に迷う四十歳なら、今ここにいる。
間違える前に止まったことも、今日は記録に残った。




