第43話 俺たちの知らない夕飯
リンカを食べる案内が届いたのは、名前を教わってから数日後だった。
窓口を通して材料と作り方の資料が揃った。
施設の専門担当と地上の開発担当が、今回使う組合せと試食の対象者を照合した。
美緒は戻ってきた条件を調理担当へつなぎ、俺は参加の案内を受け取った。
写真にあったものを全部、そのまま食べることにはならなかった。
今回はこの場所で扱える材料に置き換えた試作品だという。
その説明を読んでから、俺は出席すると返した。
作業区画の囲いの中へ身体を固定すると、担当の人が器を俺の前へ留めた。
美緒も隣にいる。
リセさんは向かいの席にいた。
「写真と、少し違いますね」
俺が言うと彼女は頷いた。
「同じにできなかったところがあります。どこが違うかは食べた後にお話しします」
試験の正解を先に教えてもらわずに済んだ。
俺は受け取った専用のカトラリーを握った。
取り分ける量と取り口を教わり、蓋を開ける。
開口部から見えるリンカには白い層が重なっている。
周りの透明な部分は流れる汁ではなく、層をまとめる柔らかなものだった。
最初に匂いが来た。
俺は手を止めた。
甘いものを食べるつもりだったのに、腹が減る方の香りだった。
美緒はまだ記録へ手を伸ばしていない。
自分の一口を取っていた。
口へ入れると外側が先にほどけた。
薄い層が続き、その奥に歯を使うところがある。
最後に酸味が残った。
うまい、と言いそうになった。
何と似ているかもすぐに探したくなる。
俺は二口目を取る時、最初と違う端へ寄せた。
細い色が集まっている方だった。
「そこを先に選ばれたのですね」
リセさんが言った。
「はい。こっちをもう少し食べたくなって」
彼女は自分の器の同じところを見た。
「私も!そこを残してほしかったのです」
宿題の答えが口から出ていた。
考えてきた言葉ではなかった。
美緒は二口目を飲み込んでから手帳を開いた。
「初めに来る香りと・・・食べた後の酸味が違いますね。袋の中で一緒にした時も残りますか」
リセさんの顔が変わった。
嬉しそうだったところから、話を聞いてもらえる顔になっている。
「そこが困っているところです」
俺は残りのリンカを見た。
この一口を褒めるだけでは、相談が終わらないことが分かった。
◇
試食の後で元の料理の写真を見せてもらった。
俺たちが食べた方は色の層が少ない。
ある材料は置き換え、ある部分は今回の試作に入れなかったという。
それを見てから元の料理も食べたいと言いかけた。
今日の一食がよかったから、次も何でも食べていいことにはならない。
俺は代わりにどこを一番変えたか聞いた。
「運ぶ容器に合わせて、重ねるところを減らしました」
リセさんは別の画像を開いた。
容器の中で層が寄り、上から見ても境目が分かりにくくなっている。
「食べやすくはなりました。でも、私はこれを選ぶ時に・・・少し迷います」
美緒はその言葉を書いた。
「味が変わったから……それだけではないんですね?」
「はい。食べ始める楽しみもあったので」
俺は自分の空になった器を見た。
二口目をどこから取るか迷った時、俺はもう楽しんでいた。
美緒は袋へ入れる案を一つにまとめなかった。
層を分ける。
食べる前に合わせる。
器に残す。
それぞれの手間を後から確かめることにした。
「簡単にする相談なのに、仕事が増えるな」
俺が言うと美緒は頷いた。
「食べる人の仕事を減らすなら、こっちで増えるところはあります!」
リセさんが笑った。
「それをお願いしてもよろしいでしょうか?」
美緒は一度俺を見た。
俺も頷く。
「今日分かったところから会社へ戻します。続けられる範囲を相談させてください」
返事をした美緒の手帳には、もう俺の感想よりずっと多く書いてあった。
けれど、最初の一行は同じだった。
残したいところがある。
帰りの通路で美緒が聞いた。
「相沢さん、夕飯の予約は?」
「してある。試食で全部済ませるつもりはなかったよ」
「よかったです。私もです!」
二人とも少し黙った。
俺は手すりの番号を見た。
食堂へ向かう分岐が近づいている。
「一緒に食べる?」
「はい。今日の感想の提出は食べる前にしましょう」
美緒が先に自分の記録を閉じた。
知らない夕飯を教わった後で、今夜は知っているものを二人で食べたくなった。




