第38話 同じ一口の向こう
説明の後には、確認済みの品目を試食する時間があった。
担当の人が用意した袋を机へ留める。
リセさんの前には鶏の照り焼きとご飯がある。
美緒が取り口と専用のカトラリーを順に示した。
使い方を説明する間、リセさんは袋へ手を出さなかった。
教わった順に固定を確かめ、それから切り口へ指を掛ける。
開けたところで顔が上がった。
「この香りが、名前になるのですね」
「料理の名前は、照り焼きです」
美緒が笑って答えた。
「同じ名前でも材料や味付けは違うことがあります。今日は、この鶏肉のものを」
リセさんは聞きながら一口を取った。
口へ運ぶ動きが途中で止まる。
先に匂いを確かめていた。
俺は地上で袋を温める時のことを思い出した。
残業で帰ると腹が減っていて、取り出す前から食べるつもりになっている。
どこで食べ始めたか、考えたことはなかった。
リセさんは一口食べた。
急いで次を取らず、ご飯の方を見た。
「こちらと、一緒に?」
「交互に食べる人もいます。ご飯からでも構いません」
美緒が答えた。
俺は自分の袋を開け、先にご飯を一口食べた。
照り焼きの味が来る前に口の中へ米の甘さがあった。
地上で毎日やっていたことが、説明されると別の食べ方に見える。
リセさんの目が俺の手元へ向いた。
「いつも、そうされるのですか」
「いつもではないです。今日は、ご飯を先に食べたくなって」
「今、選んだのですね」
言われて俺は袋を持ち直した。
四十年も飯を食っているのに、選んでいるところを改めて教わった。
「うちの食べ方で、困るところがあったら言ってください」
美緒が言った。
リセさんはご飯を食べてから頷いた。
「おいしいです。でも、この持ち方を続けると手が疲れそうです」
彼女は袋を支えている方の指を示した。
美緒がすぐに記録を開く。
褒めてもらったところで話を終えなかった。
◇
試食の後、リセさんが地上の盛り付け写真をもう一度見たいと言った。
俺は袋の写真と並べて開いた。
どちらも今日食べた料理だった。
「私たちの料理にも、美しく並べるものがあります」
リセさんが言った。
「みなさんは、どのように並べますか」
美緒が聞いた。
彼女はしばらく考えてから、小さな器を囲むように指を動かした。
「選んだものが、誰かの手に届くように。長く話す食事では、途中で変えることもあります」
俺は社員食堂の大皿を思い浮かべた。
同じものを想像したのか確かめる前に、美緒が器の形を聞いている。
知らない料理の話を、知っている料理へ急いで変える必要はなかった。
「旅の途中でも、そうできますか」
俺が聞くとリセさんは笑った。
「できる時と、できない時があります。私も、それでこちらを知りたくなりました」
彼女は袋の写真を示した。
「このように持って行けるものが、ほかにもあるのでしょうか」
俺は通常の品目一覧へ切り替えた。
美緒が今日は案内まで、と最初に付け加える。
見せたものを全部、その場で食べられる話ではない。
それでもリセさんは興味をなくさなかった。
魚の味付けが違うもの。
朝に食べやすいもの。
甘いもの。
彼女の指は行ったり来たりした。
「どこまで、読むと終わるのでしょう」
「俺も、昼休みだと終わらないです」
答えると彼女が笑った。
声が最初に聞いた時より近い。
美緒は自分の手帳を閉じた。
「今日決めなくても、大丈夫です」
リセさんは一覧をもう一度見てから画面を閉じた。
「では、続きを楽しみにします」
帰る時、彼女は俺と美緒へそれぞれ礼を言った。
俺は挨拶を返し、ハッチの前まで進む彼女を見送った。
名前を聞いたくらいで、知らないことが減る一方になるわけではない。
知りたいことの方が増えていた。




