第37話 名前をひとつ
延期した評価について、笹倉さんから新しい案内が来た。
器を使う評価はまだ行わない。
先に料理の説明と、袋のままでの受け取り方を確認する。
参加を希望した方がいる。
その一行だけ、俺は二度読んだ。
案内には開始時刻と使う部屋が付いている。
以前、夕飯を取りに行った受渡室ではなかった。
俺と美緒に許可された共用の説明室だ。
俺と美緒は笹倉さんの机で案内を開いた。
「全部、俺たちで説明するんですか」
笹倉さんへ聞いた。
「食品については担当範囲でお願いします。答えられない質問は、持ち帰って構いません」
「相手の方のことは」
「ご本人が今日お話しする範囲で。個人の情報を業務の記録へ足す時は、私にも確認してください」
これまで、相手の名前は教わっていなかった。
今日は空欄を勝手に埋めないための話を先に聞いている。
美緒は専門担当が確認した対象品目の一覧を開いた。
今日説明するものへ印を付け、それ以外は別のページへ移す。
俺も鞄の中を見た。
社員証。
仕事用の手帳。
品目の資料。
いつもの打ち合わせの荷物だった。
それがかえって心細かった。
◇
説明室へ入ると、笹倉さんが机の脇で待っていた。
その向こうに、受渡室で見かけた女性がいた。
襟元の留め具に見覚えがある。
今日は片手で身体を支えているのではなく、机の固定具へ収まっていた。
こちらを見て、穏やかに口元を緩める。
俺はハッチの手すりを持ったまま止まった。
綺麗な人だ、と思うところからまた始めてしまう。
今度は夕飯の番号を言い訳にできなかった。
「相沢さん。どうぞ」
笹倉さんに呼ばれて中へ進んだ。
美緒が隣の固定具へ身体を収める。
俺も机の席へ入り、端末を留めた。
「先日は、失礼しました」
俺が言うと女性は目を丸くした。
「立ち止まっていただけました」
それが返事だった。
美緒は女性へ向き直り、先に名乗った。
「食品の開発を担当している、小宮美緒です」
俺も続けた。
「現地で連絡と記録を担当しています。相沢直人です」
女性は二人の名前を聞いてから、自分の胸のあたりへ片手を添えた。
「リセと、お呼びください」
俺は名前を聞き返さずに頷いた。
その後で、手帳を開いていた手を止める。
笹倉さんが記録用の表示を示した。
「本日の連絡は、こちらの窓口を通します。呼び名は今お話しした範囲で。共有資料には、これまでどおり窓口側の表記を使ってください」
俺は手帳の仕事の欄へ窓口だけを書いた。
リセさん、という呼び名が分かった。
勤め先や、生まれた場所まで分かったわけではない。
「今日は、説明を聞きに来ていただいたんですね」
俺が言うとリセさんは美緒の資料を見た。
「選び方を、知りたかったので」
美緒が最初の写真を開いた。
袋の写真が先にある。
次に盛り付けの例が続いた。
リセさんは皿の写真をしばらく見ていた。
指で材料の欄を辿り、料理名へ戻る。
「これを、毎日選べるのですか」
「全部を毎日用意するとは限りません。使う場所によって扱えるものも変わります」
美緒は今日の一覧を示した。
「この中なら、今日ご案内できます」
リセさんは一つを指してから隣の料理を見た。
「こちらも、気になります」
「違う日に選んでもいいんです」
俺が言った。
彼女がこちらを向く。
目が合うと、言い方を直したくなった。
でも間違ったことを言ったわけではない。
「今日は一つでも、次は別のものにできます。好きなものを続けても」
リセさんは一覧へ戻った。
長く迷ってから、鶏の照り焼きを指した。
美緒が確認する。
俺は受付の欄へ品目を入れた。
料理を選んだ人の顔を見てから、その番号を書いたのは初めてだった。




