第36話 一行のあとで
『終わった。飯も食った』
寝台の横へ留めた端末に、その一行があった。
俺が灯りを落とした後に届いている。
『読んだ。お疲れ』
朝になってから送った。
すぐには返事が来なかった。
来た時には、俺は午前の仕事を終えるところだった。
『午後、少し空いてる』
俺の予定表にも短い空きがある。
食堂の混む時間からは外れていた。
飲み物を選び、窓から離れた小さな席で待った。
マコは手帳を持ってこなかった。
手首の帯へ留めた容器だけを外し、机の脇へ入れる。
「ちゃんと寝た?」
俺が聞くとマコは鼻で笑った。
「寝た。お前に言われると、腹立つな」
「言われたこと、何回もあるから」
「覚えてたのか」
「昨日の一行も覚えてる」
マコは容器のふたへ目を落とした。
「書けって言っただろ」
「うん。書いてくれてよかった」
机の向こうから食堂の空いている席が見える。
二人分の食事を用意するほどの休憩ではなかった。
それでも会うことはできた。
「見に来たんじゃないぞ」
マコが言った。
「何を?」
「ちゃんと寝たか、食ったか。お前、最近確認が増えた」
俺は自分の容器を見た。
確かに朝も、飯を食ったと読んでから返事を書いている。
「心配した」
言うとマコが俺を見た。
「昨日の便のこと?」
「それも。でも、終わった後にお前が何してるか、こっちからは分からないから」
「地上でも別の会社だっただろ」
「地上では店で会えた」
「今も会ってる」
もっともだった。
俺は机に留めた容器を取り、一口飲んだ。
マコが笑った。
「確認できた?」
「できた。あと、会いたかった」
口から出た後で、俺は容器を戻す場所を見失った。
留め具はさっきと同じところにある。
マコはふたを持つ手を止めていた。
笑っていた口元が、そのままではなくなっている。
「……その順番、最初から逆にしろよ」
「悪い」
「謝るな」
マコが机の縁へ指を掛けた。
身体を動かすためではなかった。
俺を見たまま、続きを待っている。
長く知っている相手ほど、失敗した返事を昔の話に混ぜてしまえる。
俺は今までずいぶんそれをやった。
「昨日の仕事の話を聞くためだけに呼んだんじゃない」
俺が言うとマコは目を伏せた。
それから俺の方へ片手を出す。
「手、出して」
俺は容器を留め直し、机の上へ手を出した。
マコの指が手首ではなく、指先に触れた。
身体が流れていないことは二人とも分かっていた。
マコは何も直さなかった。
俺は手を引かなかった。
しばらくして食堂の向こうから回収容器を閉じる音がした。
マコの指が離れる。
「寝る時は寝ろよ」
いつもの声で言った。
「それは、お互いな」
マコが頷いた。
容器を携行帯へ戻し、先に身体の固定を外す。
「次、俺から呼ぶ」
「うん」
同じ通路へ出たところで別々の出勤先へ分かれた。
俺は自分の容器を手首へ留め直した。
さっき触れた指の感覚は、仕事へ持っていく荷物に書かなくてよかった。




