第34話 袋のままでは見えない
器の到着を待っている間、美緒が地上から届いた映像を見せてくれた。
洗浄と収納の資料に付いていた社内向けの短い記録だ。
試作の食事を並べた昔の机が映っている。
その端に、今よりずっと若い頃の創業者が座っていた。
俺は顔を知っている。
入社した時の研修で見た。
元宇宙飛行士だった先々代が会社を作った話も、その時に聞いている。
肝心の話は、あまり覚えていなかった。
映像の中の人は、味の説明を後ろの担当へ任せた。
自分では机に置いた一人分の食事を指している。
『特別な日に食べるものだけでは、暮らせないからね』
大きな演説ではなかった。
まだ湯気の立つ料理を前に、横の人へ話している。
美緒が映像を止めた。
「研修では、ここより会社の沿革が長かったですよね」
「工場が増えた年は、試験に出た」
「覚えてますか」
「試験に出たことは」
美緒は声を出して笑った。
俺は止まった画面を見た。
机に載っているものは普通のご飯だった。
一口食べて終わる試作品というより、その後も座って食べ続ける量がある。
宇宙へ行った人が地上へ戻り、また宇宙で毎日食べるものを作った。
そう説明された時は、順番の変わった会社だなと思った。
今は、毎日、の方が気になった。
◇
現地の作業台では、届く予定の器の固定方法を模擬の部品で確かめた。
食堂へ持ち出す前の評価だ。
囲いの中の台へトレイを留め、その上へ蓋付きの器を取り付ける。
俺は身体を固定してから専用のカトラリーを持った。
今日は食べ物を使わない。
器の中へ留めた模擬の部材を、縁からどう取りやすいかを見る。
「取り口、狭いな」
俺は手首の向きを変えた。
肘が隣の器に当たりかけて止める。
袋なら自分へ寄せて底を押せる。
机へ固定した器を同じように持ち上げるわけにはいかなかった。
美緒は位置を記録し、器の間隔を広げた。
「地上の写真と同じには、しません」
「でも、皿にしたいんだろ」
「ご飯を、見て選べたらいいと思うんです。袋の表示だけではなくて」
蓋を閉じたまま並べた器は、箱の中の部品にも見える。
美緒が地上の盛り付け写真を隣へ出した。
主菜と白いご飯。
小さなおかずが二つ。
赤いものと緑のものが違う場所にある。
単品の商品写真で見ていた時より、急に夕飯になった。
「これ、全部うちの商品?」
「はい。撮影で使った器は別ですけど」
俺は地上の売場向けの資料を開いた。
どれも贈答用の高級品ではない。
工場でたくさん作って、家で忙しい日に使う方の商品だった。
自分の部屋で一袋ずつ食べたこともある。
それなのに並べた写真を見ると、誰かに出してもいい夕飯に見えた。
「地上へ戻ったら、俺でもこれできる?」
「温めて盛るところなら」
「最高じゃないか」
美緒が俺を見て笑った。
「こっちでは、その前の準備がまだ要ります」
彼女は写真を閉じ、固定した器へ戻った。
蓋を開ける範囲と手を入れる方向を、もう一度試した。
見栄えがよかったから扱いやすいことにはしない。
扱いやすいだけで見栄えを諦めることにもしていなかった。
◇
記録を送る頃、物流側から次の便について連絡が入った。
接続の予定を変更する。
受入れ時刻は確定後に知らせる。
器の到着予定も空欄に変わった。
美緒は手帳の線を一本引き、今日できたところまでを書いた。
俺は試験用に確保していた食事の扱いを担当へ確認する。
器が届いていないのに食事だけ準備する話にはしなかった。
端末の隅にマコの連絡が出た。
『便の変更、そっちにも出たか』
俺は、出た、と返した。
続けて理由を聞きかけたが、まだマコの方で確認しているのかもしれない。
『こっちは受入れを待つ。決まったら教えて』
送ると、短い了解が来た。
窓の外はいつも通りだった。
船が来る予定になっている方角を見ても、俺には何も分からない。
美緒は作業台の模擬の部品を外した。
一つずつ容器へ収め、最後に蓋を留める。
地上でなら配送が遅れた時、道路の渋滞を想像する。
ここには道路がなかった。




