第30話 次に待つもの
料理の説明はそのまま全部送られたわけではなかった。
地上の担当が品名と材料を確認し、現地の窓口が添付してよい範囲を返した。
試験中の修正案は入れない。
食品袋の表示と違う説明を勝手に作らない。
俺と美緒が削った二行はもう一度二人のところへ戻ってきた。
直されたところもあった。
それを読んで、美緒が小さく頷く。
「これなら、出せます」
俺も自分の担当の記録を確かめた。
袋の品目と添付の説明が一組として表示されている。
受領先の欄は、相変わらずコードだけだった。
笹倉さんが次の受け渡しに合わせて渡すと言った。
俺は名前のない欄を見た。
「先方に届いたか、確認できますか」
「受渡の記録は返ります。感想は、先方からあった分だけです」
「分かりました」
何か書けば、必ず誰かが喜んで返してくれるわけではない。
それでも、料理の名前を知りたいと書いた人へ、料理の名前を送れることになった。
美緒は端末を閉じ、鞄の固定具を留めた。
窓口を出るまで、もう感想を先読みするようなことはしなかった。
◇
その夜は三人とも夕飯の受け取りに間に合った。
マコは袋と番号を確認してから、テーブルへ来た。
俺と美緒が留める場所を空ける。
「今日は、同時だな」
俺が言うと、マコが時計を見た。
「俺が早く終わった。お前らが少し遅かった」
「三人とも早かった、じゃないのか」
「そう書くと、次からこの時間に仕事を終えろって話になる」
美緒が笑った。
「それは、困ります」
袋を開けると、三人の前で違う匂いがした。
今日は全員、違う品目を選んでいる。
俺は煮物ではない方にした。
ここ数日、煮物のことを考えてばかりだった。
好きでも、別の夕飯が食べたくなる。
「そっち、何?」とマコが聞いた。
俺は品名を読んだ。
美緒が材料の一つを教え、マコは自分の袋を見た。
同じものが入っているが、味付けは違うという。
知らずに食べていたら、気にしなかったかもしれない。
「今度、それにする」
マコが言った。
俺は受領先から来た『料理の名前を知りたい』という文章を思い出した。
こういう順番で次の夕飯が決まることもある。
仕事の話を終えると、マコが窓の方を見た。
俺もつられて見る。
遠くに小さな光があり、施設の外側をゆっくり移動している。
何の機体か、ここからは分からなかった。
「あれに乗って来たんだよな」と俺が言った。
「あれと同じものかは、分からないぞ」
マコの返事は正確だった。
美緒がしばらく見てから、自分の袋へ目を戻した。
「来る前は、評価する机のことばかり考えてました」
「俺は、自分の部屋に何があるかも分かってなかった」
「今は?」
俺はマコを見た。
「筆箱と手帳。明日の仕事。休みの日の写真」
マコが袋を畳む手を止めた。
美緒は飲み物を一口飲んでから、俺を見た。
「窓の横で、飲む予定も」
「うん。それも」
次の勤務表が来れば、また時間を合わせる。
予定を決めるのは三人分の仕事を終えてからだった。
マコが俺の方へ容器を寄せた。
「お前、最後の一口、残ってるぞ」
俺は袋の角を折った。
「今日は、自分でできる」
マコが笑った。
美緒も、俺の袋の方を見て笑った。
三人分の夕飯は三人が片づけるまで、机の上にあった。
◇
翌朝、受渡の記録が戻ってきた。
袋と説明は同じ受領先へ届いている。
それとは別に短い返信が一件、正式な窓口から転送されていた。
俺は自分の席で開き、美緒へ届いたことを知らせた。
『料理の名前が分かりました。次に、何を待っているのかも分かりました』
その下に礼があった。
大げさな褒め言葉はない。
美緒はしばらく画面を見て、手帳を開いた。
料理の説明に使ったページの端へ返事が来た日を書いた。
「次も、同じ料理でいいか確認します」と彼女が言った。
俺は受領先のコードを見た。
同じ香りをもう一度、と言っていた人だ。
毎回同じものだけを食べたいのか、ほかの夕飯も知りたいのか。
まだ、聞いていない。
「ほかの品目の説明も、必要か聞ける?」
「窓口へ聞いてみます」
美緒が問い合わせの欄を開いた。
俺はその隣で通常の品目一覧を出した。
顔も、名前も、食べている場所も知らない。
それでも、あの人の次の夕飯に俺たちができる仕事が一つある。
美緒が文章を読み上げた。
俺は食べたいものを選べる聞き方になっているか、もう一度聞いた。




