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40歳、宇宙出張。 ~食品会社の普通のサラリーマンですが、会社命令で宇宙に行くことになりました~  作者: 綺羅星の猫


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第29話 冷めた時にも、名前がある

翌日の作業台には同じ煮物の袋が二つ留めてあった。


試験で使う分として準備された完成品だった。

加熱後の扱いは担当者が確認し、食べる順番も記録に入っている。


俺はその隣の固定具へ身体を収めた。


「今日は、開け方じゃないんだな」


「説明の書き方です。香りのことを、どう伝えるか」


美緒は短い文章を出した。


料理の名前。

その下に具材と味付けの説明がある。


俺は読み上げようとして、二行目で一度息継ぎした。


「長いな」


「はい。分からないかもしれないところを、全部足したら」


普段、自分が会社へ送っている文章を思い出した。


見知らぬ相手だから、足りないよりは多い方がいい。

そう思って書くと、何が大事か見えなくなる。


美緒は俺の顔を見た。


「味を、先に確かめてください」


俺は一つ目を開けた。


出汁の匂いが来る。


どの匂いが何か説明しようとすると、急に分からなくなった。

ごぼうも、醤油も、温まった袋の中で一緒になっている。


「煮物の匂いだ」


言うと、美緒が頷いた。


「それを知らない人へ、何て言いましょう」


俺は袋を留め直した。


知っている名前がいちばん説明の難しいところへ来た。


一口食べる。


具に噛み応えがあって、その後で汁の味が残る。

先に何の具か分かっていたから、硬さに驚かなかったのかもしれない。


「中に何があるかは、読んでから食べたい」


「はい」


「香りの名前を先に覚えるより、この匂いの袋には、こういう具が入ってるって分かる方がいい」


美緒は二行目を選択した。


材料は残し、長い味の説明を別の欄へ移す。


俺はもう一口食べた。


一度読んだ名前を、今度は口の中で確かめられた。


    ◇


休憩を挟み、もう一つの煮物の袋を開けた。


加熱してから少し時間が経った袋だ。

最初のものと取り違えないよう、留める位置も記録してある。


美緒が温度の記録を確認し、俺へ頷いた。


温かい時より、匂いが遠い。


でも、食べれば汁の味はあった。

野菜を噛んだ後で今度は甘さの方へ気が向いた。


「これは、確認室の味じゃないな」


言うと、美緒が顔を上げた。


「どんな味ですか」


「ちゃんと、ご飯」


「確認室では、違ったんですか」


「図面を見ながら食ってたから。冷めたせいにしてたけど」


俺は袋の中を見た。


同じものでも、あの夜は受取口のことを考えながら噛んでいた。

何が入っていたか、今ほど覚えていない。


美緒はその話を聞いてから、端末を机へ留めた。


「それは、試験の結果とは別に覚えておきます」


彼女も自分の試食分を開けた。


しばらく二人とも食べた。


さっきまで文字を減らしていた画面には料理名と材料が残っている。

短くなったのに、袋の中が前より見える。


「料理の説明、もっと上手い人に聞くんだと思ってた」


俺が言うと、美緒は笑った。


「専門の確認は、別にしてもらいます。相沢さんには、読んでから食べてもらいたかったので」


「食べるだけなら、任せて」


「食べるだけじゃなかったです」


返事をしようとして、俺は袋を持ち直した。


彼女が俺を見る時、仕事の結果だけを見ているとは思えなくなることがある。


そう思ったからといって、勝手に先へ進める話ではない。


「次も呼んで」


俺はそれだけ言った。


美緒は、はい、と答えた。


作業を終えると、彼女は説明文を正式な確認へ回した。

俺も自分が読んで引っかかった箇所を記録の最後に入れる。


画面を閉じた後、美緒が聞いた。


「次って、試験だけですか」


俺は彼女を見た。


袋はもう、回収容器へ入っていた。


「この間の飲み物も。俺から誘っていい?」


美緒が頷く。


「その時は、試験の記録を持っていきません」


俺は笑った。


仕事の資料を置いてくる約束が宇宙では妙に大事になっていた。


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