第21話 受取口は、もう一つ向こう
その日の食堂は、一部の受取口を閉めていた。
設備点検で、夕飯の受け取りだけ別の場所になる。
品目は変わらない、と案内にあった。
俺は作業が延び、美緒たちと違う時間になった。
夕飯の予約番号を表示して、臨時の窓口へ向かう。
ハッチを抜ける前に手すりを掴み直した。
急いだところで、地上みたいに足を速められるわけではない。
次に止まる場所を決めてから身体を送り出す。
受取口の前には、箱を固定した台車と、臨時のラベルがあった。
「この番号です」
係の人が俺の画面を読み、端末を二度叩いた。
「こちらはもう引き渡し済みになっていますね」
「俺はまだ食べてないんですが」
「袋の方です。受け渡し台まで出ています」
人間より先に夕飯だけ出勤していた。
係の人は台車を固定し直してから、通路の向こうを示した。
「突き当たりの共用受渡室です。番号を照合しますので、入口で待ってください。呼び出しが必要な場合は、脇のボタンを」
端末にも、同じ受渡室の番号が出た。
そこまでは、自分の夕飯を取りに行く仕事だった。
◇
突き当たりの手前で、扉が横へ開いた。
俺が認証をしたわけではない。
内側から出る人がいて、先に開いたのだった。
手すりの向こうに、ひとりの女性がいた。
扉の内側の固定具で身体を支え、片手で端末を押さえている。
俺を見て、静かに顔を上げた。
「あなたは、ここへ入ってよいのですか?」
穏やかな声だった。
俺は入口の手すりを掴んだまま、身体が先へ流れないようにした。
「夕飯を受け取りに来たんですが」
言い終えると、あまり立派な理由には聞こえなかった。
彼女は通路側の表示を見た。
それから俺の画面へ視線を戻す。
ひどく綺麗な人だった。
見つめ続けるのは失礼だと思い番号を見る。
番号は変わらないので、また彼女を見てしまった。
四十歳にもなって視線の置き場を決められない。
外国の研究員だろうか。
ここでは見慣れない服を着ている人も珍しくない。
それでも、襟元にある留め具の形は今まで見たものと違っていた。
「入口で待つように言われています」
俺が付け加えると、彼女は頷いた。
「では、そのままで。中へは進まないでください」
扉の奥にも、もう一枚閉じた扉が見えた。
俺の端末には、その先の案内は出ていない。
彼女は壁の連絡器を使った。
俺に見える方へ画面を向けることはせず、受け渡しの担当を呼ぶ。
言葉はごく普通の日本語だった。
ただ、呼びかけた後に返答を待つ間が長い。
こちらが何か言って埋める間ではなかった。
俺も黙って待った。
「お食事を、待っているのですね」
彼女が言った。
「はい。中身は分かってるんですけど、場所が分からなくなりました」
口元が、ほんのわずかに動いた。
笑ったのかもしれない。
「それは、困りますね」
同意をもらった途端、俺の腹が鳴った。
ここまで来て腹まで自己紹介をする必要はなかった。
彼女は聞こえなかったように連絡器の方を向いた。
その気遣いが、かえってありがたかった。
◇
笹倉さんが来るまで俺は入口から動かなかった。
受け渡し担当の人も、別の手すりを辿って来た。
片手には保温袋がある。
俺の夕飯だった。
「番号、確認します」
担当の人が袋と画面を照合した。
俺が受け取る前に、笹倉さんが通路の案内を見た。
「どちらから来ましたか」
最初に見た掲示。
臨時窓口。
言われた受渡室の番号。
俺は順に答えた。
「扉の内側へは?」
「入っていません。開いたところで、こちらの方に聞かれて」
女性も短く頷いた。
笹倉さんは通路側の表示を止め、係の人へ何か確認した。
奥の扉が開くことはなかった。
「受取口の案内を、こちらで確認します。相沢さんには、後で経路を一緒に見ていただくことになると思います」
「分かりました」
ようやく袋を受け取った。
落とさないよう手首の携行帯へ留める。
女性は俺の方へ向き直った。
「お待たせしました」
「いえ、あなたが待たせたわけじゃ」
言い終える前に、彼女は扉の縁へ手をかけた。
俺も戻る側の手すりへ掴まり直す。
「お食事が、冷めませんように」
それだけ言って、扉が閉まった。
通路へ戻ると、いつもの作業予定が壁に出ていた。
点検中の区画と使える通路の図だ。
俺は自分の手元を見た。
綺麗な人に会った。
名前は聞いていない。
夕飯は、ちゃんと受け取った。
宇宙へ来てから、報告書に書けないことの方が増えている気がする。
笹倉さんが、確認室へ寄れるかと聞いた。
「寄れます。あの、これ」
袋を少し上げる。
相手は俺の夕飯を見て、頷いた。
「食べながらで構いません」
それでようやく、今日の帰り道が決まった。




