↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40歳、宇宙出張。 ~食品会社の普通のサラリーマンですが、会社命令で宇宙に行くことになりました~  作者: 綺羅星の猫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/61

第20話 三人で座れる、小さな場所

マコの夕飯だけ、なかなか来なかった。


予約したのが遅くて、加熱の順番待ちになったらしい。俺と美緒の袋は、先にテーブルへ届いている。


「食ってていいよ」


マコが言った。


俺はうなずいて、まだ開けなかった。


「それ、待つ顔だろ」


「どうせ食うのが遅いから、先に開けても追いつかれる」


「俺は競争した覚えないぞ」


美緒が「じゃあ前菜だけ」と、小さな副菜の容器を一つマコへ渡した。取り分けたのではなく、最初から一人分ずつになっている。


マコは受け取り、彼女へ礼を言った。


美緒はそれから俺の方を見た。同じものを同じように渡したのに、俺は何となく背筋を直した。


「仕事、長引いた?」


「途中で便が変わった。一件、引き渡す先の確認に時間がかかった」


マコは端末をしまった。


「まだ誰も、箱を間違えてない。それで終わった」


「何も起きないのが成果になる仕事って、説明しづらいよな」


俺が言うと、マコは、分かる人には分かる、と答えた。


美緒が少し笑った。


「相沢さんも、今日それでした。現場に届いていた版と、地上の最新版を並べてくれたので」


「並べただけだぞ」


「並べるまで、別の変更の話をしていたんです」


地上でなら、印刷した紙を二枚置く程度のことだった。


宇宙でも、やっていることはあまり変わらない。道具と、その後に困る場所が違うだけだ。


マコの主菜が来た。


係の人がテーブルの番号を確かめると、美緒が自分の容器を少し動かした。俺も荷物を足元の固定具へ留め直す。


三人分の夕飯が、やっと一つの机へ収まった。


マコが一口食べて、眉を上げた。


「これ、肉かと思った」


「大豆です」


「宇宙でまで騙されるとは」


「品名に書いてあります」


美緒が言う。マコは袋を見て、ほんとだ、と笑った。


二人の会話を聞きながら、俺は副菜のふたを開けた。


仕事の話から離れたら、ほとんど知らない二人なのだと思っていた。俺が何か話題を渡す必要もなく、いつの間にか次の料理の話になっている。


「地上に戻ったら、これを家で作ってみたいです」と美緒が言った。


「普通の皿に?」


「普通の皿に。作ってすぐ、普通の机で」


マコが袋の底を押して、最後の一口を寄せた。


「それは、けっこう贅沢だな」


宇宙へ来て、普通という言葉の中身が増えている。


俺は家の流しに置いたままの水切りかごを思い出した。片づけて出たはずだ。たぶん。


「何の顔?」とマコが聞いた。


「皿、ちゃんと洗ってきたかなって」


美緒が吹き出しかけ、飲み物を置いた。


「今、そこですか」


「戻って最初に臭い台所だったら嫌だろ」


「冷蔵庫は?」


「確認した」


「水道」


「確認した」


「じゃあ、皿だけだな」


マコは昔と同じ顔で笑った。


笑い返そうとして、俺は、その目元を一瞬長く見た。


身体を固定する位置が変わったせいもある。地上の店では、いつも二人で向かい合っていた。今日は美緒がいて、マコは俺の斜め隣にいる。


同じ顔でも、知らない角度がある。


マコが目を細めた。


「まだ笑ってないぞ、お前」


俺はようやく笑った。マコは何か言いかけて、袋を畳む方へ目を戻した。


美緒も手を止めていたが、次に口を開いた時には、今夜のデザートの話になった。


三人で一つずつ注文した。


俺は甘いものを食べながら、地上の星印のことを思い出した。帰ったら飯を食うという約束は、まだ残っている。


いつも仕事のついでに食べてばかりだ。向こうでも、ではなく、もうここで、休みの日に誘うことはできる。


マコの端末に通知が来た。明日の予定を見て、もう閉じる。


「休み、合う日がある?」


俺はなるべく普通に聞いた。


マコが顔を上げた。返事までに、一口分くらいの間があった。


「まだ分からない。次の勤務表が出たら」


「じゃあ、その時に相談しよう」


「何するの」


「飯。ついでじゃない方の」


美緒は自分のデザートを見た。


マコは俺から目を離さず、うん、と言った。いつもの、了解、より少し柔らかい声だった。


三人で片づけて、テーブルから身体の固定を外した。食事が終わると、机はあっという間に次の人の場所になる。


それでも、今日ここに座ったことは消えない。


通路へ出た時、美緒が俺の横に並んだ。


「私も、次のお休み、連絡していいですか」


「もちろん」


答えると、彼女は少しだけ笑った。


次に食べる約束が、地上より速く増えていく。俺の手帳は、出張の予定だけを書くものではなくなりかけていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。