第20話 三人で座れる、小さな場所
マコの夕飯だけ、なかなか来なかった。
予約したのが遅くて、加熱の順番待ちになったらしい。俺と美緒の袋は、先にテーブルへ届いている。
「食ってていいよ」
マコが言った。
俺はうなずいて、まだ開けなかった。
「それ、待つ顔だろ」
「どうせ食うのが遅いから、先に開けても追いつかれる」
「俺は競争した覚えないぞ」
美緒が「じゃあ前菜だけ」と、小さな副菜の容器を一つマコへ渡した。取り分けたのではなく、最初から一人分ずつになっている。
マコは受け取り、彼女へ礼を言った。
美緒はそれから俺の方を見た。同じものを同じように渡したのに、俺は何となく背筋を直した。
「仕事、長引いた?」
「途中で便が変わった。一件、引き渡す先の確認に時間がかかった」
マコは端末をしまった。
「まだ誰も、箱を間違えてない。それで終わった」
「何も起きないのが成果になる仕事って、説明しづらいよな」
俺が言うと、マコは、分かる人には分かる、と答えた。
美緒が少し笑った。
「相沢さんも、今日それでした。現場に届いていた版と、地上の最新版を並べてくれたので」
「並べただけだぞ」
「並べるまで、別の変更の話をしていたんです」
地上でなら、印刷した紙を二枚置く程度のことだった。
宇宙でも、やっていることはあまり変わらない。道具と、その後に困る場所が違うだけだ。
マコの主菜が来た。
係の人がテーブルの番号を確かめると、美緒が自分の容器を少し動かした。俺も荷物を足元の固定具へ留め直す。
三人分の夕飯が、やっと一つの机へ収まった。
マコが一口食べて、眉を上げた。
「これ、肉かと思った」
「大豆です」
「宇宙でまで騙されるとは」
「品名に書いてあります」
美緒が言う。マコは袋を見て、ほんとだ、と笑った。
二人の会話を聞きながら、俺は副菜のふたを開けた。
仕事の話から離れたら、ほとんど知らない二人なのだと思っていた。俺が何か話題を渡す必要もなく、いつの間にか次の料理の話になっている。
「地上に戻ったら、これを家で作ってみたいです」と美緒が言った。
「普通の皿に?」
「普通の皿に。作ってすぐ、普通の机で」
マコが袋の底を押して、最後の一口を寄せた。
「それは、けっこう贅沢だな」
宇宙へ来て、普通という言葉の中身が増えている。
俺は家の流しに置いたままの水切りかごを思い出した。片づけて出たはずだ。たぶん。
「何の顔?」とマコが聞いた。
「皿、ちゃんと洗ってきたかなって」
美緒が吹き出しかけ、飲み物を置いた。
「今、そこですか」
「戻って最初に臭い台所だったら嫌だろ」
「冷蔵庫は?」
「確認した」
「水道」
「確認した」
「じゃあ、皿だけだな」
マコは昔と同じ顔で笑った。
笑い返そうとして、俺は、その目元を一瞬長く見た。
身体を固定する位置が変わったせいもある。地上の店では、いつも二人で向かい合っていた。今日は美緒がいて、マコは俺の斜め隣にいる。
同じ顔でも、知らない角度がある。
マコが目を細めた。
「まだ笑ってないぞ、お前」
俺はようやく笑った。マコは何か言いかけて、袋を畳む方へ目を戻した。
美緒も手を止めていたが、次に口を開いた時には、今夜のデザートの話になった。
三人で一つずつ注文した。
俺は甘いものを食べながら、地上の星印のことを思い出した。帰ったら飯を食うという約束は、まだ残っている。
いつも仕事のついでに食べてばかりだ。向こうでも、ではなく、もうここで、休みの日に誘うことはできる。
マコの端末に通知が来た。明日の予定を見て、もう閉じる。
「休み、合う日がある?」
俺はなるべく普通に聞いた。
マコが顔を上げた。返事までに、一口分くらいの間があった。
「まだ分からない。次の勤務表が出たら」
「じゃあ、その時に相談しよう」
「何するの」
「飯。ついでじゃない方の」
美緒は自分のデザートを見た。
マコは俺から目を離さず、うん、と言った。いつもの、了解、より少し柔らかい声だった。
三人で片づけて、テーブルから身体の固定を外した。食事が終わると、机はあっという間に次の人の場所になる。
それでも、今日ここに座ったことは消えない。
通路へ出た時、美緒が俺の横に並んだ。
「私も、次のお休み、連絡していいですか」
「もちろん」
答えると、彼女は少しだけ笑った。
次に食べる約束が、地上より速く増えていく。俺の手帳は、出張の予定だけを書くものではなくなりかけていた。




