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40歳、宇宙出張。 ~食品会社の普通のサラリーマンですが、会社命令で宇宙に行くことになりました~  作者: 綺羅星の猫


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第18話 地球の見える、晩ごはん

生活担当の人が、食堂まで案内してくれた。


いきなり歩こうとしてはいけないのだった。


到着区画では手すりを使う。足は床へつかない。途中のハッチを抜けても、上下は見た目の約束事でしかなかった。身体を押し出す時は、次に掴む場所を決めてから動く。


「この先も微小重力です。慣れるまでは壁を蹴らず、手すりを使ってゆっくり移動してください」


床らしい面はある。


ただし、そこへ立つわけではない。


それだけで十分に宇宙だった。


姿勢を変えた拍子に首を回して、すぐ後悔した。景色の方が遅れてついてくる感じがする。


「相沢さん、顔が」


「格好いい?」


「白いです」


美緒は真顔だった。マコが笑いかけ、同じように首を動かして黙った。


慣れない姿勢の三人が、手すりの前で反省している。


生活担当の人は慣れているらしく、急がせずに待ってくれた。


食堂のテーブルには、袋を留める面ファスナーとクリップがあった。身体は足元のループへ軽く引っかけて固定する。置いたつもりで手を離せば、そのまま漂っていく。


自分の食事番号を確かめ、加熱済みの袋を受け取った。


見覚えのある、煮物だった。


地上の試食室で何度も見た袋を、ここでは夕飯として開ける。指が目印を探した時、美緒も同じところを見ていた。


「今日は記録しないの?」


「しません。勤務は明日からです」


彼女はそう言って、手帳を鞄の奥へ押し込んだ。


開けた途端、出汁の匂いがした。


思わず口元が緩んだ。知らない床の上に、知っている夕飯がある。


「あれ」とマコが言った。


「何?」


「お前、今、帰ってきた時の顔した」


まだ到着したばかりなのに、と言い返そうとして、煮物を一口食べた。


先に、うまい、が出た。


美緒が箸を止める。


「地上と同じですか」


「同じかどうかは、もう少し食べないと分からない。でも、今食べられてよかった」


仕事の感想としては曖昧だ。夕飯の感想としては、本当にそうだった。


美緒も一口食べた。少し目を伏せ、それから自分の袋をテーブルへ留め直した。


「……私も」


窓の向こうを青いものがゆっくり横切った。


マコが箸を置く。俺も手を止めた。


地球だ。


テレビのある食堂と同じつもりで座っていたら、窓の外に家のある星が通った。


「飯、冷めるぞ」


マコが言った。自分は窓を見たままだった。


俺たちはしばらく、食べる方と見る方を交代した。


    ◇


部屋の入口で、俺は鞄を壁にぶつけた。


室内が狭いのではなく、地上と同じつもりで振り向いた俺の動きが大きかった。


収納の固定具を使って荷物を留める。マコと選んだ靴は、脱いで入口の収納へ入れた。履き慣れた足にちゃんと合うことが、こんなところでありがたくなる。


筆箱を出し、手帳を机に留めた。


芯を直したシャープペンシルで、最初の行に『到着』と書く。


それから、何を書こうか迷った。


地球が丸かった、と書くと、小学生みたいだ。鞄が浮いた、と書いても、あまり成長がない。


結局、煮物がうまかった、と書いた。


四十歳会社員の宇宙初日は、その程度である。


端末に、地上からの到着確認が来ていた。会社へ短く返信する。地上の連絡先へは、今夜の地球を撮った写真も送った。


自分の顔は、いつものままなのに、変なところへ来た気がする。窓の向こうに家のある星が写っている。


何から説明したものか分からず、ひと言だけ添えた。


『着いた。飯も食った』


地上からの返事には、やっぱり食事のことが書いてあった。宇宙へ行っても、俺は飯を心配される側らしい。


机の横の照明を落とすと、部屋が寝る場所になった。


地上で暮らしていた部屋には、冷蔵庫の音があった。ここには、壁の奥から来る低い風の音がある。


その違いを聞いているうちに、ようやく少し怖くなった。


飛ぶ時の怖さとは違う。明日、目が覚めても、駅まで歩いて会社へ行けない。


端末がもう一度光った。


マコからだった。


『明日の朝飯、何時?』


食堂の時間を返すと、美緒からも同じ質問が来た。


俺は二人へ、入口で待つ、と送った。


電車はない。いつもの会社もない。


でも、朝になったら一緒に飯を食う人がいる。


端末を固定して、寝台へ身体を収めた。窓はなかった。それでも、目を閉じた後まで、あの青い縁が見えていた。


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