第14話 三人分の昼休み
昼の食堂で、マコが俺のトレーを見た。
「野菜」
「入ってる。カレーの中に」
「隣に置くやつ」
俺は小鉢を取りに戻った。振り返ると、美緒が空席へトレーを置いていた。
二人を紹介するのに、何から話すか迷った。
「会社で一緒の、小宮。高校からの友達の、マコ」
「高瀬です」
仕事の名刺を出した時と同じ、少し整った声だった。
「小宮美緒です。相沢さんから、お話は少し」
「俺の悪口?」
マコが聞き、俺と美緒が同時に違うと言った。
二人が俺を見て、それから笑った。俺の紹介が何点だったのかは分からないが、座る前から失敗したわけではなさそうだ。
美緒が開封の評価をすること、マコが受け渡しの履歴を見ることを、それぞれ自分で話した。俺が横から補足する必要はあまりなかった。
「手袋で扱うところ、そちらも記録します?」
「します。閉じた状態を先に。食べる時の評価とは分けて」
俺を挟んだ会話が、仕事の方へつながった。
マコがスプーンを取り、美緒の方を見た。
「会社での相沢さんを、ちょっと聞いてみたいんだけど」
「その話は別料金にして」と俺は言った。
美緒は料金を考えるような顔をした。
二人が知り合うと、俺の逃げ場が一つ減るらしい。
◇
午後の共通演習で、俺は食品の袋を浮かせた。
実際の無重力ではなく、固定を忘れた物を上へ引く模擬台だ。袋が俺の目線より高く上がり、情けない音が鳴った。
慣れていると思ったところで、手順を一つ飛ばした。
マコが笑いかけて、隣の固定具を外しかけた自分の手に気づいた。今度は二人で教官を見る。
「他の人の失敗を見ている間も、自分の手元があります」
ごもっともだった。
美緒は黙って自分の固定を確かめ、次の順番を待っていた。その美緒も、別のパネルでは表示を見つけるまで俺より時間がかかった。
得意な仕事の違いが、そのまま座席の違いになっている。
俺は、必要な時だけ聞いてくれと言ってから、口を閉じた。手を出せば親切になるわけではないことを、彼女の試食室で習っている。
美緒は一度質問し、自分で操作を終えた。
休憩でマコが俺の肩に額を寄せかけた。
「今日は食品の担当が、食品に負けたな」
「お前も袋の隣で止められただろ」
「俺の失敗まで覚えてるのか」
「二十年以上、そういう係だよ」
ふっと笑った顔が近かった。美緒がこちらを見ていると気づき、俺は急に姿勢を正した。
「相沢さん、会社だとそんな顔しませんね」
どんな顔、と聞く前に、休憩の終わりが告げられた。
教室へ戻るマコの背を見ながら、会社の顔と休日の顔を分けているのは、俺も同じなのだと思った。
◇
マコは別の講習が残っていた。俺と美緒だけ、先に施設を出た。
駅へ続く道には小さなパン屋があって、焼き上がりの札が出ていた。
美緒が一瞬足を緩める。
「寄る?」
「いいんですか」
「俺が予約してるの、帰宅後の洗濯くらいだから」
店へ入ると、彼女は成分表示より先に棚を見た。そういうこともあるのだと、勝手に意外に思う。
「仕事中だと思いました?」
「少し」
「休みの帰りまで評価しません」
美緒が選んだのは、焼き目の濃い小さなパンだった。俺は大きい方を取った。
店の外のベンチは、一人分だけ濡れていた。俺が座る場所を指し直すと、彼女は俺の隣へ腰を下ろした。
「高瀬さんとは、昔からあの感じですか」
「ああ。多少、今よりうるさかった」
「相沢さんが?」
「両方」
美緒は紙袋を持ったまま笑った。
「相沢さんの、仕事じゃない話も聞いてみたいです」
俺はパンを噛み終えるまで返事を待たせた。
気の利いた趣味があるわけではない。映画を途中で寝てしまうとか、買った本を積んでいるとか、そんな話ばかり浮かぶ。
一つ話すと、美緒も途中で眠った映画の名前を教えてくれた。俺と同じだった。
空になった紙袋を畳みながら、向こうでもこんな時間が取れるといいと思った。
ただ、隣の人がパンを食べ終えるまで待つような時間を。




