第13話 マコの名刺
出張の話をするつもりで来たのに、先に名刺が出てきた。
「今さら?」
「今さらだから」
マコはテーブルの端に置いた。会社名の下に、軌道物流管理という部署名がある。
食品を運ぶ仕事で名前を見たことのある会社だった。
マコは別会社で、軌道物流の受け渡しと記録の照合を担当している。
そんな一文が、二十年以上も飯を食ってきた相手の紹介になるとは思わなかった。
「地上の出張ばっかりだと思ってた」
「今まではな。受け渡しの担当枠、前から申請してる」
「宇宙の?」
「お前だけが呼び出される場所じゃないから」
確かに。宇宙ステーションへ行けば、俺より先に仕事をしている人がいる。ここにも、その一人が座っているかもしれないのだ。
マコは職種別の訓練を以前から受け、資格の更新もしていたという。最近の地上出張には、今回の輸送契約の確認も含まれていた。
「どうして言わなかったんだ」
「便も担当も決まってなかった。お前、聞くたびに心配するだろ」
俺が半年かけて散々こぼした文句を思い出した。
ここで、そんなことない、と言うのは無理だった。
マコは名刺を指で俺の方へ押した。
「同じ便の候補になった。まだ最後の評価は残ってる」
俺は名刺の名前を読んだ。
高瀬真琴。
いつも呼ぶ短い名前の向こうに、俺の知らない勤務時間があった。
「仕事の説明は、これからも聞いていいか」
マコは、今さらだろ、と笑った。
◇
「俺に合わせてないか」
言った途端、マコの顔から笑いが消えた。
しまったと思ったが、言ったものは戻せない。
「合わせると、俺の仕事がなくなる?」
「そういう意味じゃなくて」
「心配してくれてるのは分かる」
マコは水を飲み、グラスを置いた。
「お前と同じ便なのは嬉しい。でも、仕事は俺の仕事」
嬉しい、という部分に先に引っかかり、その後を聞き逃しそうになる。慌てて頭を仕事の方へ戻した。
「現地では何するんだ」
「お前が受け入れたって書く記録と、運んだ側の記録が食い違ったら、どっちの何を調べるか決める」
半年の演習で、まさに俺が人へ迷惑をかけた部分だった。
名刺だけで聞いた時より、仕事の輪郭がよく見えた。俺が残した受け入れ記録を、運んだ側の記録と突き合わせる人がいる。
「そっちは俺の間違いを見つける係か」
「俺の方が間違うこともある。そこは見つけて」
対等な注文だった。
「分かった。今の一覧、会社で照会していいか」
「仕事の窓口へな。俺の個人宛てに送るなよ」
二十年以上の親しさは、社内の許可の代わりにならないらしい。
それでも、マコの顔には笑いが戻っていた。俺は名刺を財布へ入れず、仕事用の手帳に挟んだ。
財布に入れると、いつもの飯の相手のままになりそうだった。
◇
店を出ると、夜風が思ったより冷たかった。
美緒も現地担当の候補になったと話したら、マコは、袋を作る人だよな、と言った。
「前に話したの、覚えてたのか」
「お前、食い物の話はよくする」
「そんなに?」
「その人が作ったものだと、説明が長い」
否定する材料を探している間に、マコが横を向いた。
信号待ちの顔が、少しだけ遠く見えた。
「仕事で会うこともあるかもしれないな」と俺は言った。
「あるかも」
「その時、よろしく」
「仕事の方も?」
「そっちも」
信号が変わった。歩き出すと、靴の底がよく返る。マコと選んだ靴だった。
「向こうで飯食えるのかな」とマコが言った。
「食えない宇宙へ出張はできないだろ」
「二人で、って意味」
すぐに答えられなかった。
同じ便なら会うはずだ、と、また予定を相手へ預けかけていた。
「担当の時間は違うだろうけど、空いたら相談しよう。今と同じで」
「今と同じ、か」
マコは俺の袖を短く引いた。
「帰ったらの約束は、同じ便でも消えないからな」
「分かってる」
「本当に?」
「日付のない夕飯だろ」
ようやくマコが笑った。
改札で別れてから、手帳を開いた。仕事の名刺と、休日の星印が同じページにある。
両方持っていく準備なら、俺にもできそうだった。




