第12話 同行者ではなく、担当者
部長が予定表を開く前から、嫌な予感はした。
「日程が変わった」
「早まる方ですか」
「遅い方だ」
資料には理由があった。輸送機の点検と追加評価のため、出発便は十週間延期された。
俺に残った医療側の確認だけでなく、輸送機側の点検にも時間が要るらしい。追加の担当者を受け入れる評価も、延期期間に合わせて進めるという。俺一人の検査結果を待って、便が止まっているわけではなかった。
「修了した訓練は、なかったことになります?」
「有効期間は確認する。必要な分を更新してもらう」
新品の訓練生に戻されずに済み、少し安心した。
部長は次の紙を出した。そこには美緒の名前がある。
美緒は、開封と食事環境を評価する現地担当候補になった。
「小宮も?」
彼女の顔を見てしまった。
「私の提案の話です。相沢さんの付き添いではありません」
「いや、そういうつもりでは」
言いかけて、半分くらいはそう思った自分を見つけた。
「地上で直した袋を、現場でも見たいという話だな」と部長が補った。
美緒は資料の端を揃えた。俺に合わせた予定表ではなく、自分で書いた評価項目を持っている。
それを先に見ればよかった。
「まずは候補として、準備を進めてもらう。担当を決めるのは、評価が終わってからだ」と部長が言った。
俺は椅子の向きを変え、彼女が説明しやすいよう机の上を空けた。
◇
試食室には、前に改良した袋が三つ並んでいた。
「評価に回した分です」
美緒が一つを裏返す。目印はちゃんと見える。
「地上では、これで前より開けやすくなりました。でも、向こうだと、身体を固定したまま違う方向から持つこともありますよね」
俺は訓練中の窮屈な姿勢を思い出した。机の向こうへ手を伸ばせば済む、という状況ではなかった。
「写真を送ってもらうだけでは足りない?」
「足りる項目もあります。なので、それと分けました」
紙の半分は地上で確認済み、残りのいくつかには現地という印が付いている。
彼女が現場へ行きたい理由は、俺に感想を増やしてほしい理由と、ちゃんとつながっていた。
「現地でしか分からないことを、自分で見てきたいです」
実証側の説明でも、美緒の担当はあくまで開封と食事環境の評価に限られていた。まだ搭乗が決まったわけではない。
「十週間で間に合うのか」
「安全と滞在の訓練はこれからです。私の業務は範囲を絞って評価します。足りなければ次の便になります」
俺の半年を、十週間で追い越すという話ではなかった。
それなら、と言いかけた俺を、美緒が少し警戒した顔で見た。
「相沢さんが、私の分まで大丈夫と言わなくていいですよ」
「言うつもりだった」
「でしょうね」
二人で笑った。俺は、まだ使っていない記録用紙を一枚、彼女の前へ置いた。
「困ったところは話して。俺ができたふりをしたところも含めて」
「それは、役に立ちそうです」
◇
困るのは、俺が不在の時に美緒がいてくれる、という前提で資料を組んでいたことだった。
俺は問い合わせ先の一覧を開いた。
美緒の名前が、思ったより何度も出てくる。
「便利な人扱いしてたな」
「相沢さんに言われたくないです」
「だから、分かる」
彼女は少し考え、椅子を隣へ寄せた。
「私の仕事も、残す分と持っていく分に分けます」
紙を挟んで、ここは製造へ、ここは次の開発担当へ、と振り分けていく。
部長が一度覗き、誰が困るか分かる形になったら持ってこい、と言った。二人とも宇宙へ行けばいい、と簡単に言ってくれないのは助かった。
途中、美緒が自分の試作品の欄で止まった。
「まだ途中なんですけど」
「途中であることも、引き継げばいいんじゃないか」
俺が言うと、彼女は少し口を曲げた。
「先に言われました」
「半年分の授業料が、やっと返ってきた」
残っている課題を書き足す。その手元を見ながら、俺は彼女が同じ便に乗るかもしれないことを、もう一度考えた。
怖さが半分になるような気がする。
それを口にしたら、彼女の決断を俺の都合へ戻してしまいそうで、やめた。
代わりに、次の説明の日時を聞いた。
「午後四時です」
「帰り、何か食べていく?」
美緒の指が止まった。
「仕事の話が終わってからなら」
今度は、俺の予定表に書類ではない予定が入った。




