↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/19

第9話 手

翌朝。


教室へ入ると、澪はもう席にいた。


真帆と話していた澪が、悠真に気づいて手を上げる。


「おはよ」


「おはよう」


悠真も返して、自分の席へ向かった。


昨日までと何も変わらない。


鞄を置き、椅子を引く。


付き合った翌日というものに、もう少し何かあるのかと思っていた。


何があると思っていたのかは、自分でも分からない。



「普通だな」


隣の席から颯太が言った。


悠真は振り向く。


「何が」


「お前ら」


颯太が澪の方を顎で示す。


「何を期待してたんだよ」


「もっとこう、目が合っただけで黙るとか」


「しないだろ」


颯太は机に肘をついた。


「じゃあ昨日と何が変わったの?」


悠真は少し考える。


「知らない」


「付き合って一日目の答えがそれでいいの?」


「一日目だから知らないんだろ」


颯太も少し考えた。


「それもそうか」


「納得するんだ」


「筋は通ってる」


そんなところだけ素直だった。





放課後。


悠真と澪は、いつもの道を駅へ向かっていた。


昨日までと同じように並んで歩く。


話していることも大して変わらない。


購買に新しく入ったパンが微妙だったとか、次の数学は小テストがあるとか。


昼休みに颯太が牛乳を二本飲んでいた話になったところで、澪が言った。


「牛乳って二本いる?」


「知らない。本人に聞けよ」


「佐倉の友達でしょ」


「高梨も普通に話してるじゃん」


澪は少し考えた。


「でも、牛乳を二本飲む理由まで聞けるほど仲良くない」


「俺も聞きたくないよ」


澪が笑った。


「じゃあ誰も分かんないじゃん」


「颯太だけ分かってればいいだろ」


付き合ったからといって、会話まで急に変わるわけではないらしい。


その方が、悠真には楽だった。



ただ、ひとつだけ気になることがあった。


歩いている時。


信号を待っている時。


会話が途切れた時。


悠真は何度か、隣にある澪の手を見た。


見るたびに、何事もなかったように前を向く。


昨日までは気にしたこともなかった。


同じ手なのに、付き合ったというだけで急に扱いが分からなくなる。


我ながら面倒だった。



駅が近づくにつれて、人が増えてきた。


駅前の横断歩道には、いつもより多くの人が信号待ちをしている。


澪が辺りを見回した。


「今日多くない?」


「なんかあったのかな」


「知らない」


信号が青になる。


人の流れが一斉に動き出した。


悠真と澪も歩き出す。


前から来た人を避けた拍子に、二人の間へ別の人が入り込んだ。


悠真が少し先へ出る。


その時、制服の袖を引かれた。


振り返る。


澪が悠真の袖をつかんでいた。


「何?」


「はぐれそうだった」


「まだ見えてるだろ」


「見えてても間に人入るじゃん」


澪は袖を離さない。


歩くたびに、右腕だけ少し後ろへ引かれる。


悠真は二度ほどそのまま歩いた。


「これ歩きづらい」


澪が袖を見た。


「じゃあ離す?」


指が緩む。


悠真はその手を見る。


「いや」


澪が顔を上げる。


「どっち」


「袖じゃなければいい」


悠真は右手を少し開いた。


それで意味は伝わったらしい。


澪は一度その手を見てから、何も言わずに取った。



手のひらが触れる。



悠真は前を向いた。


握り方が分からない。


ただ重ねているだけだと、そのうち離れそうだった。


少しだけ指に力を入れる。


すると、澪も同じくらいの力で握り返した。


澪がつないだ手を見た。


「これなら歩きやすい?」


「さっきよりは」


「そっか」


それ以上、澪は何も言わなかった。


悠真も言わなかった。



横断歩道を渡り切る。


人の流れがばらけていく。


もう、はぐれるほどではない。


悠真はそれに気づいていた。


たぶん澪も気づいている。



それでも、手はそのままだった。



少し歩いてから、澪が口を開いた。


「佐倉」


「何」


「さっきまで何の話してたっけ」


悠真は少し考える。


「牛乳」


「ああ」


「颯太が二本飲んでた話」


澪が前を向く。


「どうでもいいね」


「最初からどうでもよかっただろ」


「確かに」


澪が笑う。


悠真も笑った。


その間も、手は離れなかった。



駅が見えてきたところで、澪がつないだ手を少し持ち上げた。


「これ、いつまで?」


悠真も手を見る。


「駅まででよくない?」


澪が前を見る。


「……近いね」


「何が」


「駅」


悠真も前を見る。


確かに、もう改札の屋根が見えている。


「そうだな」


それから二人とも、少しだけ歩くのが遅くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。