第8話 デート
月曜日。
昼休みになってすぐ、颯太が悠真の前の席を勝手に使い始めた。
椅子を後ろ向きにして座り、購買で買ってきたパンの袋を開ける。
「土曜さ」
「何」
「駅前いた?」
悠真は弁当の蓋を開けながら顔を上げた。
「いたけど」
「やっぱり」
「見たの?」
「いや。部活のやつが見たって」
颯太は焼きそばパンを一口食べた。
「高梨と」
悠真の手が止まる。
「そうだけど」
「へえ」
「何」
「別に」
「その言い方腹立つな」
颯太は笑った。
少し離れたところでは、澪が真帆と昼を食べている。
悠真がそちらを見ると、ちょうど澪もこちらを見た。
目が合う。
澪は何でもない顔で、また真帆の方へ向き直った。
颯太がその様子を見ていた。
「で?」
「何が」
「デート?」
悠真は颯太を見る。
「違うだろ」
「何しに行ったの」
「本屋」
「二人で?」
「そう」
「待ち合わせして?」
「した」
「休日に?」
「土曜だからな」
颯太は残りのパンを持ったまま、悠真を見た。
「それを世間では何て言うんだろうね」
「参考書買いに行っただけだよ」
「はいはい」
「何だよ」
「俺は何も言ってません」
言っている。
悠真は弁当に戻った。
ただ、さっきまで普通に食べていたはずなのに、颯太の言葉が少しだけ頭に残った。
◇
放課後。
澪と一緒に校門を出る。
しばらくは、次の授業で使うプリントの話をしていた。
駅へ向かういつもの道。
ファミリーレストランを通り過ぎる。
その少し先まで来たところで、澪が言った。
「ねえ」
「何」
「土曜のことなんだけど」
悠真は横を見る。
澪は前を向いたままだった。
「うん」
「真帆に話したらさ」
そこで一度言葉を切る。
「デートじゃんって言われた」
悠真は歩きながら澪を見る。
「颯太にも言われた」
今度は澪が振り向いた。
「え、なんて?」
「デートって」
「同じじゃん」
「同じだな」
二人とも少し黙った。
目の前を自転車が通り過ぎる。
澪がまた歩き始める。
「佐倉はどう思った?」
「何が」
「デートだったのかなって」
悠真はすぐには答えなかった。
待ち合わせをした。
二人で本屋へ行った。
私服だった。
一緒に飲み物を飲んだ。
楽しかった。
最後の一つまで考えたところで、澪が横から覗き込んできた。
「また考えてる」
「考えるだろ、これは」
「モナカより?」
「モナカよりは」
澪が笑った。
悠真も少し笑う。
「高梨は?」
「私は……」
今度は澪が考える番だった。
「デートでもいいかなって思った」
悠真は足を少し緩めた。
澪も合わせる。
「いいかなって何」
「嫌じゃなかったし」
「それは俺も」
「じゃあデートだったんじゃない?」
「そんな決まり方ある?」
「ないの?」
「知らない」
「私も知らない」
澪が笑った。
二人はまた歩き出した。
いつもの分かれ道まで来る。
ここで別れる。
もう何度もそうしてきた。
澪が足を止めた。
「じゃあね」
「うん」
澪が自分の道へ向く。
悠真はそのまま歩き出しかけて、止まった。
「高梨」
澪が振り返る。
「何?」
悠真は自分でも、何を言うつもりで呼び止めたのか分からなかった。
ただ、このまま明日も一緒に帰って、またどこかへ行って、そのたびにこれは何なのか考えるのは、少し面倒だと思った。
澪が待っている。
「土曜みたいなの」
「うん」
「また行きたい?」
澪はすぐに頷いた。
「行きたい」
「俺も」
そこまでは簡単だった。
その先で、悠真は止まる。
澪がそれを見ている。
「ほら」
「何」
「また考えてる」
「今は考えるだろ」
「待つよ」
そう言って、澪は本当に黙った。
急かさない。
笑わない。
悠真は少しだけ困った。
こういう時に澪が何も言わない方が、いつもより言いづらい。
一緒に帰るのは楽しい。
いないと、帰り道が少し長い。
休日に会うのも楽しかった。
他の誰かと同じことをしたいかと考えると、少し違う気がした。
そこまで分かれば、十分だった。
「じゃあ」
悠真は澪を見る。
「付き合う?」
澪は何も言わなかった。
一秒。
二秒。
悠真が不安になり始めた頃、澪が口を開いた。
「なんで疑問形なの?」
「え」
「そこまで考えたのに最後だけ私に決めさせるの?」
悠真は言葉に詰まった。
「いや、そういうつもりじゃ」
「じゃあもう一回」
「何を」
「今の」
澪は笑っていなかった。
でも怒っているわけでもなさそうだった。
悠真は一度息を吐く。
今度は考えない。
「付き合ってほしい」
澪の表情が変わった。
ほんの少しだけ。
「うん」
それから笑う。
「私も」
悠真も笑った。
何かが急に変わると思っていたわけではない。
実際、何も変わらなかった。
同じ分かれ道。
同じ夕方。
澪はいつも通り自分の道へ向かう。
数歩進んでから振り返った。
「じゃあ、また明日」
悠真も手を上げる。
「また明日」
澪は今度こそ歩いていった。
悠真も反対側へ向かう。
少しして、スマホが震えた。
澪からだった。
『彼氏になった佐倉さんへ』
悠真は足を止める。
続けて届く。
『次のデートどこ行きますか』
悠真は画面を見た。
数秒考えてから打つ。
『もう次の話?』
返信はすぐに来た。
『もちろん』
悠真は少し笑った。
まだ行き先は決めなかった。




