第7話 私服
金曜の夜、澪からメッセージが来た。
『明日暇?』
悠真はベッドの上で画面を見る。
予定はない。
『暇だけど』
すぐに返事が来た。
『駅前の本屋行かない?』
『英語の参考書見たい』
『真帆は?』
送ってから、別に聞く必要もなかった気がした。
『明日用事あるって』
続けて、もう一通。
『二人じゃ嫌?』
悠真は画面を見た。
『別に嫌じゃない』
少しして、
『じゃあ13時に駅ね』
と返ってきた。
『了解』
スマホを置く。
その時は、それだけだった。
◇
翌日。
悠真が駅に着いたのは、待ち合わせの五分前だった。
改札前の柱のそばで待つ。
十三時になる少し前、改札から澪が出てきた。
悠真は一度見て、
もう一度見た。
制服ではなかった。
白いシャツに薄手のカーディガン。
黒いスカート。
学校では結んでいる髪も、今日は下ろしている。
澪が悠真を見つけ、手を上げた。
「待った?」
「いや」
答えながら、悠真はもう一度澪を見る。
澪が自分の服に目を落とした。
「何?」
「いや」
「変?」
「違う」
「じゃあ何」
悠真は少し迷った。
「制服じゃないなと思って」
澪が黙る。
それから笑った。
「土曜日だからね」
「分かってるよ」
「佐倉も制服じゃないじゃん」
「そりゃそうだろ」
「私もそうなんだけど」
「それも分かってる」
「じゃあ何だったの?」
「もういいだろ」
澪はまだ笑っていた。
「行こっか」
二人で駅前の書店へ向かった。
◇
参考書売り場で、澪は英語の問題集を二冊持ってきた。
「どっちがいいと思う?」
悠真は一冊ずつ中を見る。
「こっちは解説多い」
「でも分厚い」
「こっちは薄いけど問題多いな」
「佐倉なら?」
「薄い方」
澪が顔を上げる。
「なんで?」
「最後までやれそうだから」
「私も薄い方がいい?」
「高梨は分厚い方」
「なんで私だけ」
「分からないところ多いって言ってたじゃん」
澪は二冊を見比べる。
「ちゃんと覚えてるんだ」
「昨日聞いた話だろ」
「そうだけど」
結局、澪は分厚い方を買うことにした。
そのあと漫画売り場へ移った。
澪が新刊を探している間、悠真は隣の棚を眺める。
一冊手に取って裏表紙を読んでいると、横から声がした。
「それ読むの?」
顔を上げる。
澪の顔が、思っていたより近くにあった。
悠真は反射的に半歩引いた。
澪も動きを止める。
「何?」
「近い」
「そんなに?」
「近いだろ」
澪は悠真との距離を見る。
「学校でもこれくらいじゃない?」
「そう?」
「多分」
確かめるように、澪が少しだけ顔を近づける。
悠真は持っていた本を下げた。
「やめろって」
「何が?」
「確認しなくていいから」
澪が笑って離れる。
「佐倉、こういうの気にするんだ」
「普通だろ」
「へえ」
「何」
「別に」
澪はまた漫画を探し始めた。
悠真も本へ視線を戻す。
さっきまで読んでいた文章が、どこまでだったか分からなくなった。
◇
買い物を終えると、澪が喉が渇いたと言った。
駅ビルのカフェは混んでいたので、飲み物だけ買って通路脇のベンチに座る。
澪はミルクティー。
悠真はコーヒー。
少しの間、人の流れを眺めていた。
「学校の人いないね」
澪が言った。
「いたら何」
「別に」
ストローをくるくる回す。
「なんかちょっと恥ずかしくない?」
「何が?」
「こうやって二人でいるの」
悠真は澪を見る。
「いつも一緒に帰ってるだろ」
「制服だと違わない?」
澪が自分の服を見る。
悠真もつられて見る。
土曜日。
私服。
待ち合わせをして、本屋に来た。
確かに学校帰りとは少し違う。
「でも参考書買いに来ただけだろ」
悠真が言う。
「そうだけど」
「じゃあいいじゃん」
澪は一瞬だけ黙った。
「……そっか」
ミルクティーを飲む。
話題はすぐに、さっき買った漫画へ変わった。
気づくと、二人の間にあった隙間は最初より少し狭くなっていた。
どちらが動いたのか、悠真には分からなかった。
◇
帰りの電車は少し混んでいた。
二人でドアの近くに立つ。
電車が揺れる。
澪の肩が、悠真の腕に触れた。
すぐに離れる。
それだけだった。
「今日、楽しかった?」
澪が聞いた。
「何その確認」
「いいじゃん」
「楽しかったよ」
今度は迷わず答えた。
澪が悠真を見る。
「そっか」
少しだけ笑う。
電車が駅に着いた。
改札を出たところで、澪が手を上げる。
「じゃあ月曜ね」
「うん」
「じゃあね」
「じゃあ」
澪は人混みの中へ歩いていった。
悠真も家へ向かう。
参考書。
漫画。
ミルクティー。
電車。
今日あったことを順番に思い返してみる。
最初に浮かんだのは、
改札から歩いてきた澪だった。




