第6話 田中
中間試験が終わった翌週。
昼休み、悠真が廊下を歩いていると、向こうから段ボール箱が二つ近づいてきた。
正確には、箱を抱えた颯太だった。
一番上の箱で、顔が半分隠れている。
「前見えてる?」
「見えてない」
「危ないだろ」
「さっき壁にぶつかった」
悠真は一番上の箱を取った。
颯太が息を吐く。
「助かった」
「何これ」
箱の側面には、大学案内と書かれている。
「進路資料。資料室まで運ぶ」
「颯太、進路委員だっけ」
「違う」
「じゃあなんで」
「頼まれた」
「断ればいいじゃん」
「最初は一箱だったんだよ。持ったら『こっちもお願い』って増えた」
「そこで返せばいいだろ」
颯太が悠真を見る。
「お前は返せるんだよ」
「返すよ」
「知ってる」
後ろから声がした。
「また何か運んでる」
振り返ると、澪と真帆がいた。
真帆が笑う。
「この前も先生にコピー用紙頼まれてたよね」
「頼まれただけ」
「でも運んだじゃん」
「そうなんだよ」
颯太は箱を抱え直した。
「みんな俺が頼めばやると思ってる」
真帆が即答する。
「やるじゃん」
「お前もその一人だからな」
「この前助かりました」
「ほら」
澪が笑った。
「じゃあ私持とうか?」
「高梨だけだよ。俺を人間として見てくれるの」
悠真は自分の箱を少し持ち上げた。
「俺もう持ってるけど」
「お前は最初に『断れ』って言っただろ」
「正しいだろ」
「正しいけど優しくない」
結局、資料室まで悠真と颯太で一箱ずつ運んだ。
◇
放課後。
真帆は委員会、颯太は部活が休みだった。
悠真と澪と颯太の三人で駅へ向かう。
校門を出てしばらくすると、颯太が言った。
「最近、お前らよく一緒に帰ってるよな」
「そう?」
悠真が聞く。
「そうだよ。前は俺と帰る方が多かったじゃん」
澪が颯太を見る。
「数えてるの?」
「数えてないけど分かるだろ」
「私は分かんない」
「俺も」
颯太が二人を見比べる。
「当事者二人が一番分かってないの何なの」
そのまま何でもないことのように聞いた。
「付き合ってんの?」
「違うけど」
悠真が答える。
ほとんど同時に、
「違うよ」
と澪も言った。
颯太が笑う。
「そこだけ速いな」
澪も悠真を見る。
「確かに」
「たまたまだろ」
「最近それよく言うね」
「そう?」
「うん」
颯太が二人の間を見る。
「あの、俺が始めた話どこ行った?」
「終わっただろ」
「勝手に終わらせんなよ」
澪が笑った。
駅への近道で、小さな公園を横切る。
古い滑り台と鉄棒、ベンチが二つ。
滑り台の下に、一匹の猫がいた。
白と茶色のまだら模様。
澪が足を止める。
「猫」
「見れば分かる」
「でも見つけたら言いたくならない?」
少し前を歩いていた颯太も戻ってきた。
猫を見るなり、しゃがむ。
「田中だ」
澪が聞く。
「誰?」
「こいつ」
「知ってる猫?」
「今決めた」
悠真が猫を見る。
「なんで田中」
颯太は真顔だった。
「田中っぽいだろ」
「どこが!」
悠真と澪の声が重なった。
二人で顔を見合わせる。
颯太が猫を指す。
「顔」
「全部じゃん」
悠真が言う。
澪も猫をじっと見る。
「……でも、ちょっと分かるかも」
「分かるの?」
「なんか田中っぽい」
悠真は澪を見る。
「裏切るの早くない?」
猫が大きな欠伸をした。
颯太が指を差す。
「ほら」
「何が『ほら』なの」
澪が吹き出した。
颯太が猫へ手を伸ばす。
触れる前に、猫はすっと二歩離れた。
颯太の手だけが空中に残る。
「なんで俺から逃げるの?」
悠真が猫を見る。
「田中にも選ぶ権利あるだろ」
「名前つけたの俺なんだけど」
「それが原因じゃない?」
澪が笑った。
今度は澪がしゃがみ、手を低く出す。
猫は指先の匂いを嗅いでから、頭を一度だけ撫でさせた。
「高梨はいいの?」
颯太が不満そうに言う。
「日頃の行いじゃない?」
「今日も段ボール運んだんだけど」
「頼まれて」
「善行には変わらないだろ」
その声に反応したのか、猫は澪から離れた。
今度は悠真の足元まで来て、その場に座る。
颯太だけが取り残された。
「待って」
「何」
「なんで佐倉もいけるの?」
「知らない」
「昼に俺へ『断ればいいじゃん』って言ってた男だぞ」
「猫は聞いてないだろ」
澪が猫を見る。
「田中、見る目あるね」
「それ俺が見る目ないみたいになるだろ」
颯太が猫へ呼びかける。
「田中」
猫は前足を舐め始めた。
「無視された」
悠真が笑う。
「嫌われてるな」
「佐倉、楽しんでるだろ」
「ちょっと」
「否定しろよ」
澪も笑った。
しばらくすると、猫は植え込みの方へ歩いていった。
颯太がその背中を見送る。
「次会ったら絶対触る」
「同じ猫って分かる?」
「分かる。田中だから」
澪も頷く。
「田中だね」
「もう決定なの?」
澪が指を二本立てる。
「二対一」
颯太も頷いた。
「民主主義」
「猫の名前を多数決で決めるなよ」
三人は公園を出た。
◇
途中の分かれ道で、颯太が足を止めた。
「俺こっち」
「じゃあな」
悠真が手を上げる。
颯太も返し、何歩か進んでから振り返った。
「田中に会ったら連絡して」
「なんで俺らが先に会う前提なんだよ」
「俺より好かれてるから」
「まだ根に持ってんの?」
「持つよ」
颯太はそのまま歩いていった。
澪が背中を見ながら笑う。
「颯太、ほんといいやつだね」
悠真もその背中を見る。
「猫には嫌われてたけど」
「それは別」
二人も駅へ向かって歩き出した。




