第5話 ラーメン
中間試験が始まると、学校が午前中で終わるようになった。
二日目の帰り道。
悠真と澪は、駅へ向かって並んで歩いていた。
「数学どうだった?」
澪が聞いた。
「最後以外は」
「それ、出来た人の言い方」
「高梨は?」
澪は少しだけ間を空ける。
「最後以外は」
悠真が横を見る。
「同じじゃん」
「意味が違うの」
「便利だな、それ」
澪が笑った。
信号の少し手前に、小さなラーメン屋がある。
赤い看板に、醤油、味噌、塩。
いつもはそのまま通り過ぎる店だった。
その日は澪が足を緩めた。
「ラーメン食べたい」
「今?」
「今食べたら午後寝る」
「もう学校終わってるけど」
「あ、そっか」
澪は少し考えてから首を振った。
「でも今日はいいや」
「なんで」
「まだ試験残ってるから。全部終わった日に食べたい」
悠真も店を見る。
昼時なのか、カウンターはほとんど埋まっていた。
「混んでるじゃん」
「じゃあ少し遅く来ればいい」
「そこまでして?」
「試験終わったあとなら時間あるでしょ」
店の一番奥に、ちょうど二席だけ空いている。
澪がそこを指した。
「あそこならいいな」
「端?」
「落ち着きそう」
悠真も同じ席を見る。
「壁近いけど」
「佐倉そういうとこ好きじゃん」
「横を人が通らないから」
「ファミレスと同じ」
信号が青になった。
二人は歩き出す。
「私は醤油かな」
澪が言った。
「俺なら味噌」
「食べてる時、テストの話は禁止ね」
「なんで」
「終わったのに答え合わせしたくない」
「それは分かる」
「でしょ」
それきり、話題は次の試験科目に変わった。
◇
最終日。
最後の答案が回収されると、教室の空気が一気に緩んだ。
「終わった」
颯太が机に突っ伏す。
悠真が鞄に筆箱を入れながら聞いた。
「どっちの意味で?」
「聞くな」
「聞いてない。確認しただけ」
「それを聞くって言うんだよ」
颯太は部活の友達に呼ばれ、そのまま教室を出ていった。
悠真も帰ろうとしたところで、担任に呼び止められた。
提出物の記入漏れだった。
職員室で書き直し、校門を出た時には、ほとんどの生徒が帰ったあとだった。
腹が減っていた。
駅まで歩きながら、昼をどうするか考える。
家まで待つか。
コンビニで済ませるか。
少し先に、赤い看板が見えた。
悠真はそのままラーメン屋へ向かった。
引き戸を開ける。
「いらっしゃいませ」
昼の混雑はもう過ぎたらしく、席は半分ほど空いている。
悠真は店内を見渡した。
一番奥に、澪がいた。
壁際のカウンター。
前には醤油ラーメン。
澪はスマホから顔を上げ、悠真を見た。
そのまま動かない。
悠真も入口で止まった。
「……なんでいるの?」
澪が先に言った。
「俺も聞きたい」
「今日来るって言ったっけ」
「聞いてない」
「だよね」
澪の隣が空いている。
そこ以外にも席はいくつかあった。
悠真は一瞬迷ってから、澪の隣に座った。
店員が水を置く。
「ご注文は?」
壁のメニューを見る。
「味噌で」
店員が離れる。
澪が横から悠真を見る。
「味噌なんだ」
「醤油じゃん」
「うん」
「言ってた通り」
口にしてから、二人とも少し黙った。
澪が自分のラーメンを見る。
悠真も、店の奥を見る。
壁際。
カウンターの端。
二人並び。
数日前に見ていた景色と、よく似ていた。
「でも」
澪が言った。
「時間、ずらしてないよね?」
「何が」
「この前、混むならちょっと遅く来ればいいって話したじゃん」
悠真は時計を見る。
十三時を少し過ぎている。
試験が終わってから、一時間近く経っていた。
「俺は先生に捕まっただけ」
「私は真帆とちょっと喋ってただけ」
「じゃあ偶然だろ」
「……だよね」
澪はそう言ったが、すぐには箸を持たなかった。
やがて悠真の味噌ラーメンが来た。
湯気が上がる。
悠真が割り箸を取る。
隣で澪も箸を持ち直した。
「テストの話は禁止だからね」
悠真の手が止まる。
澪も気づいたらしい。
二人で顔を見合わせた。
「それもやるの?」
「……言ったし」
「律儀だな」
「佐倉も覚えてたじゃん」
「まあ」
澪が少し笑う。
「じゃあ禁止」
「はい」
二人でラーメンを食べ始めた。
しばらく、どちらも何も言わなかった。
悠真は味噌ラーメンを一口食べる。
隣では澪が醤油を食べている。
店の外を人が通った。
「ねえ」
澪が小さく言った。
「何」
「ちょっと出来すぎじゃない?」
悠真は箸を止めなかった。
「たまたまだろ」
「またそれ」
「他に何があるんだよ」
澪は答えなかった。
少しして、またラーメンを食べ始める。
悠真も、それ以上は考えないことにした。
味噌ラーメンは、普通にうまかった。




