第4話 窓側
それから数日、悠真と澪は放課後になると一緒に帰ることが増えた。
毎日ではない。
颯太と帰る日もあれば、澪が真帆と残る日もある。
ただ、二人とも予定がない日は、どちらからともなく昇降口で顔を合わせるようになっていた。
その日は、六時間目が終わる頃から悠真の腹が減っていた。
昼休みに購買へ行くのが遅れ、パンを一つしか買えなかったせいだ。
駅へ向かう途中で、隣を歩いていた澪が悠真を見る。
「今日、静かじゃない?」
「そう?」
「うん。いつもより二割くらい」
悠真は眉を寄せた。
「何基準だよ」
「私調べ」
「信用できない」
澪が笑う。
「じゃあ何」
「腹減った」
「それだけ?」
「それだけ」
「お昼食べた?」
「パン一個」
澪が驚いた顔をする。
「少な」
「売り切れてた」
「颯太は?」
「焼きそばパンとカレーパンとメロンパン」
「三個?」
「今日は」
澪は少し考えてから、
「成長してる」
と言った。
「何が」
「横に?」
「本人に言えよ」
澪がまた笑った。
駅までの途中に、ファミリーレストランがある。
毎日のように店の前を通っていたが、二人で入ったことはなかった。
店の前まで来ると、澪が入口に置かれたメニューを覗き込んだ。
「なんか食べる?」
「今?」
「お腹空いてるんでしょ」
悠真も横からメニューを見る。
「別にいいけど」
澪が顔を上げる。
「またそれ」
「何」
「『別にいいけど』」
「嫌なら嫌って言うよ」
「じゃあ入ろ」
澪はそう言って、先に自動ドアをくぐった。
店内はそこそこ混んでいた。
制服姿の高校生が何組かいて、奥の席では小さな子どもが騒いでいる。
店員に案内されたのは、店の中央にある二人掛けの席だった。
澪が奥側に座り、悠真がその向かいに腰を下ろす。
澪はすぐにメニューを開いた。
「何食べる?」
「まだ決めてない」
「佐倉、こういうの絶対長いでしょ」
悠真もメニューを開く。
「そんなに長くない」
「私はもう決めた」
「早くない?」
澪は入口の方を指した。
「ハンバーグ」
「まだメニュー見てないじゃん」
「入口で見た」
「じゃあこれいらないだろ」
「デザート見るの」
悠真は澪が開いているページを見る。
「そっちが本命?」
澪は答えず、そのままデザートのページをめくった。
結局、澪はハンバーグとドリンクバー、悠真はパスタを頼んだ。
注文を終えると、澪が店内を見回した。
「こっち、ちょっと暗いね」
「そう?」
「窓側の方がよくない?」
悠真も窓の方を見る。
道路に面した大きな窓のそばに、いくつか席が並んでいた。
窓の向こうには、駅へ続く並木が見える。
まだ夕方の光が残っていて、店の中央より少し明るかった。
「まあ、あっちの方がいいかも」
「次来たら窓側座りたい」
悠真は澪を見る。
「もう次来ることになってるの?」
「今日まずかったら来ない」
「そこは現実的なんだ」
「大事でしょ」
悠真はもう一度、窓側を見る。
いくつか並んだ席の、一番奥。
壁に寄った二人掛けの席なら、横を人が通ることもほとんどなさそうだった。
「あの端がいいんじゃない」
澪が悠真の視線を追う。
「どれ?」
悠真は目で示した。
澪も同じ席を見る。
「あ、本当だ。あそこいいね」
「人通らないし」
「窓も近いし」
澪はしばらくその席を眺めた。
それから悠真を見る。
「じゃあ次は、窓側の一番端ね」
悠真はまだ空のテーブルを見る。
「料理も来てないけど」
「まずかったらなし」
「そこは変わらないんだ」
澪が笑った。
料理が来てからは、ほとんど学校の話をしていた。
数学の小テストの平均点が思ったより低かったとか、颯太が授業中に寝て先生に当てられたとか。
途中で澪が悠真の皿を見る。
「それ美味しい?」
「普通」
「一口ちょうだい」
悠真は澪のハンバーグを見る。
「自分のあるだろ」
「交換しよ。ハンバーグあげるから」
澪が自分の皿を少し前へ出す。
悠真は一瞬考えた。
「じゃあいいけど」
それを見て、澪が笑う。
「今また止まった」
「食べ物は考えるだろ」
「モナカでも言ってた」
結局、フォークを交換するのは面倒だったので、小皿に少しずつ取り分けることにした。
澪がパスタを一口食べる。
少しして、首を傾げた。
「ほんとに普通だ」
「だから言っただろ」
「もうちょっと美味しいと思った」
「なんで」
澪は少し考える。
「なんとなく」
それだけ言って、自分の皿に戻った。
店を出る頃には、外はもう暗くなっていた。
駅へ向かいながら、澪が言う。
「普通に美味しかった」
「じゃあまた来るの」
「来てもいい」
悠真は前を向いたまま聞く。
「次は?」
澪が少しだけ笑った。
「窓側の一番端」
悠真の頭にも、さっき見ていた席が浮かんだ。
「ちゃんと覚えてるんだ」
「佐倉が言ったんじゃん」
それきり、その話はしなかった。
◇
一週間ほど経った。
放課後、悠真と澪はいつものように駅へ向かっていた。
その日は昼過ぎから急に風が強くなり、校門を出た頃には気温もかなり下がっていた。
澪は制服の袖に手を半分隠して歩いている。
「寒くない?」
悠真が聞くと、澪はすぐに頷いた。
「寒い」
「じゃあなんで聞いたの」
「佐倉も寒そうだったから」
「寒いよ」
「なんか温かいの飲みたい」
「コンビニ?」
澪は首を振る。
「できれば座りたい」
少し先に、先週入ったファミリーレストランが見えた。
澪も同じ店を見た。
「行く?」
今度は悠真から聞く。
「行く」
二人で入口へ向かった。
店内は、先週より混んでいた。
店員が人数を確認してから頭を下げる。
「ただいま満席ですので、少々お待ちいただいてもよろしいですか」
「大丈夫です」
澪が答えた。
二人で入口脇の椅子に座る。
五分も経たないうちに、一組の客が席を立った。
窓際だった。
二人組が会計へ向かい、店員が空いたテーブルを片づける。
悠真は特に気にせず、スマホを見ていた。
しばらくして、店員が二人のところへ戻ってきた。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
悠真と澪は立ち上がり、その後を歩く。
店の中央を抜ける。
窓が近づく。
隣を歩いていた澪の速度が、少しだけ落ちた。
悠真も顔を上げる。
店員が止まった。
窓側。
その一番端。
先週、二人で見ていた席だった。
澪が足を止める。
「……ここ」
悠真も席を見る。
壁側の二人掛け。
すぐ横には大きな窓。
その向こうには、駅へ続く並木が見える。
横を人が通ることもほとんどない。
先週、二人で話した通りだった。
「この前言ってた席」
澪が確かめるように言う。
「ああ」
二人とも、すぐには座らなかった。
ほんの数秒。
それだけだった。
やがて澪が先に笑う。
「ほんとになった」
悠真はもう一度、席を見る。
「たまたまだろ」
「まあね」
澪は窓側の席に座った。
悠真も向かいに腰を下ろす。
窓の外では、暗くなり始めた道路を車が走っている。
信号が変わり、人が横断歩道を渡っていく。
何も変わったところはなかった。
澪がメニューを開く。
「今日は何食べる?」
「まだ決めてない」
澪は笑った。
「また長いやつ?」
悠真もメニューを開く。
「そんなに長くない」




