第2話 昨日の道
翌日の放課後、悠真は昨日と同じくらいの時間に鞄を閉じた。
別に時計を見ていたわけではない。
授業が終わって、プリントをしまって、机の中に忘れ物がないか確かめたら、そのくらいの時間になっただけだった。
「佐倉」
顔を上げる。
澪が机の横に立っていた。
「今日さ、ちょっと残ることになった」
「何かあるの」
「真帆の手伝い」
澪が教室の前の方を見る。
同じクラスの真帆が、机いっぱいにプリントを広げていた。委員会で集めたアンケートを、今日中にまとめないといけないらしい。
真帆もこちらに気づいて、片手を上げた。
「高梨借りまーす」
「だって」
「俺に許可取ることじゃないだろ」
「確かに」
澪が笑う。
「昨日、帰れるって言ったのにね」
「まあ、仕方ないんじゃない」
澪が少し眉を寄せた。
「また『まあ』」
「じゃあ何て言えばいいの」
「それは知らない」
「知らないんだ」
「とにかく、今日は無理そう」
「分かった」
「ごめん」
「謝ることじゃないだろ」
悠真が立ち上がる。
澪はまだそこにいた。
「何」
「いや。じゃあまた」
「うん」
悠真も手を軽く上げた。
教室を出る前に一度だけ振り返る。
澪はもう真帆の机の横に座り、二人でプリントを覗き込んでいた。
何か言われた澪が笑う。
昨日、自分と話していた時と同じくらい普通に見えた。
悠真はそのまま廊下に出た。
外は晴れていた。
昨日の雨は残っていない。道路も乾いていて、傘を持つ必要もなかった。
校門を出て、一人で駅へ向かう。
昨日はこの辺りで、颯太のパンの話をしていた。
そこからアイスになって、冷凍庫になって、最後は電気代の話までした。
駅へ向かう途中のコンビニが見える。
入口の横から、店内のアイスケースが少しだけ見えた。
学校だって、置こうと思えば置けるんじゃないか。
そこまで考えてから、自分にはまったく関係のない話だと気づいた。
信号を二つ渡ったところで、悠真はスマホを見る。
駅まで、まだ七分ほどある。
昨日もこんなに歩いたっけ。
前を歩く会社員が一人いる。
自転車が脇を通り過ぎる。
いつも通っている、何もない道だった。
それでも今日は、駅が少し遠かった。
◇
夜九時を過ぎた頃、悠真は自室で数学の課題をやっていた。
四問目に入ったところで、机の上のスマホが震える。
澪だった。
『結論出ました』
何の話か分からない。
数秒して、続けてもう一通届いた。
『購買にアイス置くならチョコミントは必要』
悠真は画面を見る。
昨日の話だった。
『売れないだろ』
送る。
すぐに返事が来た。
『なんで』
『好き嫌い分かれるから』
『好きな人は絶対買う』
『嫌いな人は絶対買わない』
『でもバニラだけだとつまんなくない?』
『購買に面白さ求めるなよ』
『人生には必要です』
『話でかくなってるだろ』
少し間が空いた。
悠真はスマホを置き、数学へ戻る。
次の式を書き始めたところで、また震えた。
『じゃあ佐倉なら何置く?』
悠真はペンを止める。
昨日も似たようなことを聞かれた。
『モナカ』
『渋い』
『溶けにくそうだから』
『そういう理由?』
『学校で売るなら大事だろ』
『夢がない』
悠真は画面を見た。
『夢にも冷凍庫は必要だろ』
送る。
すぐに返ってくる。
『それ昨日も言ってた』
『覚えてる』
少しして、
『私も』
と届いた。
そこで一度、会話が止まった。
悠真はスマホを伏せ、数学に戻る。
五問目を解き終えた頃、もう一度画面が光った。
『明日は帰れそう』
通知を開く。
『了解』
そう返して、スマホを机の端に置いた。
六問目は、さっきより少し早く解けた。




