第1話 雨の日
「次いつ?」
「知らない」
「じゃあ明日」
そこで目が覚めた。
制服に着替える頃には、もうほとんど覚えていなかった。
◇
放課後になって雨が降り始めた。
朝から天気予報を見て傘を持ってきたのだから、当たったことを喜んでもいいはずなのに、窓の外を見ても特に得した気分にはならなかった。
「傘ある?」
隣で鞄を閉じながら、颯太が聞いた。
「ある」
「入れて」
「嫌だよ」
「薄情者」
「予報、雨だっただろ」
「朝晴れてたじゃん」
「天気予報って、晴れてる時に見るものじゃないの?」
颯太が嫌そうな顔をした。
「お前、たまに正論が腹立つんだよな」
「それ正論側の問題じゃなくない?」
「そういうとこ」
教室の後ろから颯太を呼ぶ声がした。
何か提出するものを忘れていたらしい。颯太は「あ」と短く声を出して振り返った。
「じゃ、先帰ってて」
「傘は」
「なんとかする」
「最初からそうしろよ」
颯太は片手を上げ、そのまま呼んだ男子の方へ行った。
悠真も鞄を持つ。
教室を出る頃には、雨は朝の予報で見たより少し強くなっていた。
昇降口で靴を履き替えていると、横から声がした。
「佐倉って駅こっちだよね」
顔を上げる。
高梨澪だった。
同じクラスだから名前も顔も知っている。休み時間には、だいたい誰かと喋っている。
「そうだけど」
「じゃあ途中まで一緒じゃん」
「まあ」
「何、その『まあ』」
「合ってるから」
澪は透明なビニール傘を開いた。
悠真も傘を開く。
校門を出ると、濡れた道路を車が走り抜けていった。
最初は、特に変わった話はしなかった。
次の数学の小テストが面倒だとか、担任が最近やたら提出物に細かいとか、颯太が昼休みにパンを二つ食べていたとか。
「二個目、私も見た」
「本人は一個目なかったことにしてたけど」
「何それ」
「購買のパンはカロリーに入らないらしい」
「いいな、それ。アイスもそうならないかな」
「ならないだろ」
「じゃあ購買で売ればいいじゃん」
「溶ける」
「冷凍庫置けば?」
そのまま、誰が冷凍庫の電気代を払うのかというところまで話した。
澪がふと、歩いてきた方を振り返った。
「雨の日の学校ってさ」
「うん」
「みんな帰ったあとに残ったら、ちょっと楽しそうじゃない?」
さっきまでアイスの話をしていたはずだった。
「湿気すごそう」
澪がこちらを見る。
「最初に出る感想それ?」
「雨の日なんだろ」
「そうだけど。もっとあるじゃん。誰もいない廊下とか」
「先生いるだろ」
「先生も帰ったあと」
「警備員」
「警備員もいない」
「それ学校として大丈夫?」
澪が笑った。
「想像の話なんだからいいじゃん」
「じゃあ最初から全員いないって言えばいいだろ」
「細かいなあ」
「設定が甘い」
「じゃあ佐倉なら何する?」
「誰もいない学校で?」
「そう」
悠真は校舎を思い浮かべた。
「教室はつまんなそう」
「なんで?」
「いつもいるから」
「じゃあ体育館?」
「暗くない?」
「電気つければいいじゃん」
「誰もいないのに勝手につけていいの?」
「そこ気にする?」
「電気代は発生するだろ」
「夢がない」
「夢にも電気は必要だろ」
澪が笑った。
「でも体育館なら、窓から多少明るいか」
「ほら、結構考えてるじゃん」
「聞かれたから」
「じゃあ体育館で何する?」
「バスケとか」
「二人で?」
悠真は澪を見る。
澪は前を向いたまま歩いている。
「二人ならバドミントンの方がいいんじゃない」
「ネット張るの面倒じゃない?」
「それは俺が言う方だろ」
「真似した」
「してない」
少し間があって、澪がまた口を開いた。
「佐倉さ」
「何」
「こういう話、結構好きでしょ」
「どこ見てそう思ったの」
「ずっと参加してるから」
言われてみれば、体育館を言い出したのは自分だった。
「じゃあさ、泊まるならどこがいい?」
「まだ続くの?」
「続くよ」
保健室、図書室、体育館。
どれを挙げても澪が何かしら文句をつけた。
そんなことを話しているうちに、いつもの信号がもう目の前にあった。
ここから先は道が違う。
「私こっち」
「うん」
「じゃあね」
澪が軽く手を上げる。
悠真も返して、そのまま歩き出した。
「佐倉」
振り返る。
澪はさっきと同じ場所に立っていた。
「明日も一緒に帰る?」
「予定なかったら」
「ある?」
「ない」
澪が一瞬黙った。
「じゃあ帰れるじゃん」
それだけ言って、今度こそ歩いていった。
予定がないなら帰れる。
言われてみれば、その通りだった。
悠真は傘を持ち直して、反対側へ歩き出した。




