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第1話 雨の日

「次いつ?」


「知らない」


「じゃあ明日」


そこで目が覚めた。


制服に着替える頃には、もうほとんど覚えていなかった。



放課後になって雨が降り始めた。


朝から天気予報を見て傘を持ってきたのだから、当たったことを喜んでもいいはずなのに、窓の外を見ても特に得した気分にはならなかった。


「傘ある?」


隣で鞄を閉じながら、颯太が聞いた。


「ある」


「入れて」


「嫌だよ」


「薄情者」


「予報、雨だっただろ」


「朝晴れてたじゃん」


「天気予報って、晴れてる時に見るものじゃないの?」


颯太が嫌そうな顔をした。


「お前、たまに正論が腹立つんだよな」


「それ正論側の問題じゃなくない?」


「そういうとこ」


教室の後ろから颯太を呼ぶ声がした。


何か提出するものを忘れていたらしい。颯太は「あ」と短く声を出して振り返った。


「じゃ、先帰ってて」


「傘は」


「なんとかする」


「最初からそうしろよ」


颯太は片手を上げ、そのまま呼んだ男子の方へ行った。


悠真も鞄を持つ。


教室を出る頃には、雨は朝の予報で見たより少し強くなっていた。


昇降口で靴を履き替えていると、横から声がした。


「佐倉って駅こっちだよね」


顔を上げる。


高梨澪だった。


同じクラスだから名前も顔も知っている。休み時間には、だいたい誰かと喋っている。


「そうだけど」


「じゃあ途中まで一緒じゃん」


「まあ」


「何、その『まあ』」


「合ってるから」


澪は透明なビニール傘を開いた。


悠真も傘を開く。


校門を出ると、濡れた道路を車が走り抜けていった。


最初は、特に変わった話はしなかった。


次の数学の小テストが面倒だとか、担任が最近やたら提出物に細かいとか、颯太が昼休みにパンを二つ食べていたとか。


「二個目、私も見た」


「本人は一個目なかったことにしてたけど」


「何それ」


「購買のパンはカロリーに入らないらしい」


「いいな、それ。アイスもそうならないかな」


「ならないだろ」


「じゃあ購買で売ればいいじゃん」


「溶ける」


「冷凍庫置けば?」


そのまま、誰が冷凍庫の電気代を払うのかというところまで話した。


澪がふと、歩いてきた方を振り返った。


「雨の日の学校ってさ」


「うん」


「みんな帰ったあとに残ったら、ちょっと楽しそうじゃない?」


さっきまでアイスの話をしていたはずだった。


「湿気すごそう」


澪がこちらを見る。


「最初に出る感想それ?」


「雨の日なんだろ」


「そうだけど。もっとあるじゃん。誰もいない廊下とか」


「先生いるだろ」


「先生も帰ったあと」


「警備員」


「警備員もいない」


「それ学校として大丈夫?」


澪が笑った。


「想像の話なんだからいいじゃん」


「じゃあ最初から全員いないって言えばいいだろ」


「細かいなあ」


「設定が甘い」


「じゃあ佐倉なら何する?」


「誰もいない学校で?」


「そう」


悠真は校舎を思い浮かべた。


「教室はつまんなそう」


「なんで?」


「いつもいるから」


「じゃあ体育館?」


「暗くない?」


「電気つければいいじゃん」


「誰もいないのに勝手につけていいの?」


「そこ気にする?」


「電気代は発生するだろ」


「夢がない」


「夢にも電気は必要だろ」


澪が笑った。


「でも体育館なら、窓から多少明るいか」


「ほら、結構考えてるじゃん」


「聞かれたから」


「じゃあ体育館で何する?」


「バスケとか」


「二人で?」


悠真は澪を見る。


澪は前を向いたまま歩いている。


「二人ならバドミントンの方がいいんじゃない」


「ネット張るの面倒じゃない?」


「それは俺が言う方だろ」


「真似した」


「してない」


少し間があって、澪がまた口を開いた。


「佐倉さ」


「何」


「こういう話、結構好きでしょ」


「どこ見てそう思ったの」


「ずっと参加してるから」


言われてみれば、体育館を言い出したのは自分だった。


「じゃあさ、泊まるならどこがいい?」


「まだ続くの?」


「続くよ」


保健室、図書室、体育館。


どれを挙げても澪が何かしら文句をつけた。


そんなことを話しているうちに、いつもの信号がもう目の前にあった。


ここから先は道が違う。


「私こっち」


「うん」


「じゃあね」


澪が軽く手を上げる。


悠真も返して、そのまま歩き出した。


「佐倉」


振り返る。


澪はさっきと同じ場所に立っていた。


「明日も一緒に帰る?」


「予定なかったら」


「ある?」


「ない」


澪が一瞬黙った。


「じゃあ帰れるじゃん」


それだけ言って、今度こそ歩いていった。


予定がないなら帰れる。


言われてみれば、その通りだった。


悠真は傘を持ち直して、反対側へ歩き出した。

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